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ザ・戊辰研マガジン

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驚きの東京2020パラリンピック

2021年09月06日 18:06 by norippe

 2021年9月5日、東京2020パラリンピックは最後の競技を終え、そして閉会式を終えて幕を閉じました。このコロナ禍の中、無事に終わることが出来ました。そして数々のドラマがあり、感動と驚きの大会でした。
競技を見る側は、障がい者という偏った見方で見始めてしまいますが、見ているうちに何らその障がいを意識せず、競技者が懸命に競う姿にのめり込み、感動を覚えていくようになります。障がいを乗り越え、人一倍練習に励んで来た結果が結ばれた時、見ている側として、何度も選手に拍手を送り、何度も泣かされました。

 パラリンピックの起源は、第二次世界大戦後にロンドンでオリンピックの開会式がおこなわれたのと同じ日に、イギリスのストーク・マンデビル病院にて、戦争で負傷した兵士たちのリハビリとして開催された競技大会だとされています。1988年のソウル大会から「パラリンピック」が正式名称となったのです。

 東京2020パラリンピックは新型コロナウイルスの世界的流行により、史上初めて1年延期された大会となりました。そして同一都市で2回のパラリンピックを開催するという、歴史的な大会になったのが東京2020パラリンピックなのです。


【競泳】
 日本がパラリンピックでメダルを量産してきた競技と言えば水泳でしょう。機能障がい、視覚障がい、知的障がいなどのいろいろな選手が活躍しています。障がいの種類もレベルもそれぞれ違うため、あらかじめクラス分けされたクラスの中でタイムを競い、順位を決めるようになっていて、下肢に障がいのある選手は飛び込みが難しいため、水中からのスタートが認められています。


 男子100メートルバタフライでは、世界ランク1位の木村敬一選手が初の金メダル、同ランク2位の富田宇宙選手が銀メダルに輝き、日本パラ競泳界で初のワンツーでの表彰台となりました。
 木村選手は大粒の涙を流し、この日のために頑張ってきた結果が出せてとても幸せだと声を震わせていました。

 競泳男子100m自由形では、鈴木孝幸選手が金メダル。他の競技でも銀メダル銅メダルと実力を発揮しました。

 また女子の山田美幸選手は両手も無く足も満足でない身体で、よくぞ泳げるといった驚きの選手なのです。50m背泳ぎ、100m背泳ぎで見事銀メダル。大喝采の拍手でした。

 また、女子の成田選手。年齢も重ね7年ぶりに水泳選手として戻って来ました。もう一度パラリンピックに行きたいという強い思いを持って練習を続けてきたらその思いが叶いましたと言っていました。なんと最年少の山田美幸選手とは34歳の開きがあり、パラ競泳界のレジェンドと言われている成田真由美選手。成田選手に憧れて、これからも若い選手が現れることでしょう。


【車いすテニス】
 ツーバウンドでの返球が認められている以外は一般のテニスの競技ルールのまま行われるのが車いすテニスです。男女別のシングルス、ダブルスのほか、障がいの程度が重く、男女混合のクアードクラスも実施されています。


 5年前のリオデジャネイロ大会では怪我で敗北をした国枝慎吾選手、見事リベンジを果たしました。優勝した瞬間はガッツポーズとともに目から涙があふれ、泣きじゃくる姿に、見ている側も涙が止まりませんでした。
国枝選手は5年間ひたむきに努力し、リオの屈辱を果たしました。見事な金メダルでした。
また、ゆいちゃんと言われているいつも笑顔が絶えない上地結衣選手、体は小さいですがパワーは大型、見事銀メダルを獲得しました。


【車いすバスケットボール】
 競技用車いすを巧みに操作しながらプレーするバスケットボール。使用するコートやリングの高さなどは一般のバスケットボールと同じで、激しい攻防やスピーディーなパスワークが魅力です。


 快進撃で決勝まで進んだ日本チーム、試合終了のブザーが鳴り響くと、多くの選手が目に涙を浮かべました。銀メダルを取れたことの喜びか、それとも金メダルを逃した悔しさなのか。「勝つと思ってやっていて、銀メダルを取ったことより最後に4点差で負けたことのほうが悔しかった」とエースの藤本選手は試合後話していました。それにしても優勝したアメリカとは4点差の接戦、アッパレ日本でした。写真右はいわき市出身の豊島主将、イケメンですね。


【ボッチャ】
 ジャックボールと呼ばれる白いボールを投げた後、対戦する両者がそれぞれ赤と青の6球を投げ合い、自球をよりジャックに近づけたチームまたは個人が勝者となる競技です。手で投げることのできない選手は足でキック、あるいは競技アシスタントのサポートを受けながら、「ランプ」と呼ばれる投球補助具(勾配具)を使ってボールを転がすことも出来るのです。
 ボッチャという名前は、ボールという意味のイタリア語が由来のようです。それにしても可愛い名前ですね。
 私は初めてこの競技を知った時、水の中に玉を投げ入れるのかな?なんて思いました。「ポッチャン!」なんちゃって・・・。
 それとも夏目漱石?それは「坊ちゃん」だろう!(笑)



個人戦で日本人選手として初めて杉村選手が金メダルを獲得しました。


【ゴールボール】
 視覚障がいのある選手がプレーする競技で、鈴の入ったバスケットボール大のボールを互いに投げ合い、得点を競うチームスポーツです。コート上の選手は3人。選手は障がいの程度に関わらず、「アイシェード」と呼ばれる目隠しを装着し、全盲状態でプレーします。試合時間は前後半各12分の計24分で競います。



 女子日本代表が同ブラジル代表を6-1で破り、銅メダルを獲得しました。金メダルを目指して強化をしてきたチームにとって、手にしたメダルの色は違いましたが、確かな進化と強さを示したチームではなかったかと思います。


【車いすラグビー】
 パラリンピック競技で唯一車いす同士がぶつかるタックルが認められている車いすラグビー。激しいコンタクトプレーにも耐えられる頑丈な競技用車いすを使用し、ボールは丸い専用球を使用。頸随損傷や機能障がいなど四肢に障がいのある選手たちが、巧みな車いす操作でゴールを狙う競技が車いすラグビーなのです。



 前回リオ大会で銅メダル、2018年の世界選手権優勝と母国開催のパラリンピック金メダルに向け、着実にステップアップしてきた車いすラグビー日本代表。金の夢は途絶えましたが、2大会連続の胴メダルをかけて、パラリンピック連覇を果たしたライバルのオーストラリアと対戦したのです。日本は持ち味をいかんなく発揮し、60-52で勝利。障がいの程度が違う選手全員がそれぞれの役割を果たし、全員で銅メダルをつかみ取りました。試合後、キャプテン池崎選手は「素直に喜べないところはあるが、金より輝けるチーム、それがきょうの日本チームだった」と語りました。

 まだまだ金メダルを取って大活躍した選手がおりますが、時間がなく、また誌面の関係上すべてを書けませんでした。何卒ご了承下さい。

 3年後はフランスのパリでの開催。待ち遠しい3年になりそうですね。


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