バックナンバー(もっと見る)

2019年12月号 vol.26

12月に入りました、戊辰研マガジンが発刊されてから2回目の年末を迎えます。...

2019年11月号 vol.25

「義に死すとも、不義には生きず」これは会津武士の魂です。会津藩筆頭家老の梶...

2019年10月号 vol.24

151年前の9月に会津鶴ヶ城から白旗を持った侍が戦場に飛び出した、この時か...

ザ・戊辰研マガジン

2019年08月号 vol.22

いろいろ感想、「明治の貨幣改革」

2019年07月27日 19:41 by katsukaisyu

             ~文明開化は造幣局から~  

 慶応4年(1868)8月に大坂・旧川崎村(現、大阪市北区天満)に貨幣の鋳造工場、造幣寮が建設されることが決まってから、150年が経ちました。明治3年(1870)には完成して、金貨銀貨の鋳造が始まるので、もうすぐ、開業150年になります。今も現役の造幣局では、皆さんの財布の中の貨幣(コイン)の60%を鋳造しています(40%は広島の造幣局で鋳造)。2020年東京オリンピックの記念コインの鋳造も始まりました。東京大会の金銀銅メダルも造幣局で製作することになるでしょう(1964年のオリンピックや、冬季大会も同所で製作)。

 さて、この造幣局の開局当時の話を霊山歴史館の第24号紀要に書かせていただきました。五代友厚や長州ファイブの面々が大きく関わったこの貨幣改革の件ですが、調べてみると、いろいろと興味深い話が出てきました。  紀要は、霊山歴史館のホームページから購入可能ですので、ご興味がおありの方は、アクセスしてみてください。

http://www.ryozen-museum.or.jp/docs/BOOK-kankobutsu.html

関連記事

【先祖たちの戊辰戦争・十二】箱館(二)

2019年12月号 vol.26

会津藩校「日新館」を巡る

2019年12月号 vol.26

萩市長会津若松市政120周年式典出席~幕末の会津VS長州の対立 「交流始める第一歩に」

2019年12月号 vol.26

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2019年12月号 vol.26

12月に入りました、戊辰研マガジンが発刊されてから2回目の年末を迎えます。...

2019年11月号 vol.25

「義に死すとも、不義には生きず」これは会津武士の魂です。会津藩筆頭家老の梶...

2019年10月号 vol.24

151年前の9月に会津鶴ヶ城から白旗を持った侍が戦場に飛び出した、この時か...