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【幕末維新折々の記・五】新潟奉行所

2020年05月06日 20:48 by tange

 JR新潟駅万代口から東大通を行くと、信濃川に架けられた萬代橋を渡る。その通りが柾谷小路(まさやこうじ)と名を変え西堀通との交差点に至る。新潟一の繁華街である。交差点の南西の角に三越があり、北西の角が複合ビルNEXT21で、その一部に中央区役所が入っている。
 三越とNEXT21を合わせた敷地に、明暦元年(1655)、長岡藩町奉行所が設けられた。柾谷小路はここで行き止まり、西堀通は水路であった。その後、新潟が幕府の直轄領になり、ここに新潟奉行所が置かれた。
 この地の変遷を記す。(新潟中心商店街協同組合公式サイト『新潟ふるまち』より)
1、明暦 元年(1655)~明治13年(1880):長岡藩町奉行所⇒新潟奉行所⇒新潟県庁
2、明治14年(1881)~明治41年(1908):初代警察署、初代市役所(同一敷地)
3、明治42年(1909)~昭和 8年(1933):二代警察署、二代市役所(敷地分割)
4、昭和12年(1937)~昭和 30年(1955):小林百貨店、三代市役所
5、昭和33年(1958)~平成 元年(1989):三越、四代市役所(西堀、埋立て)
6、平成 5年(1993)~令和 2年(2020):三越、NEXT21(三越、令和2年3月閉店)

 弘化2年(1845)に開設した幕府の新潟奉行所は、「新潟市史通史編2・近世(下)」図64に拠ると、寺町通(現、西堀通)に面した間口110メートル、奥行き65メートルという広大な敷地に置かれ、そこに多数の建物が配されていた。奉行所は、現在の市町村役場、税務署、警察署、裁判所といった機能を有し、幕府の地方支配の中核を担っていた。
 ここは、長岡藩が海岸砂丘の上に在った「古新潟町」を東の方へ移し、現在の町を形成していった「明暦の移転」の中心の地である。そのため同藩は、ここに町奉行所を置いたのだ。私は、その交差点に立って、歴史的痕跡を全く残さずに超高層ビルがそびえ立ち巨大な百貨店があることに驚くとともに、大変残念に思った。
 日本のどの町も、永い歴史の積み重ねによって今がある。私は、その史実に触れたいと考え、旅を続けている。新潟一の繁華街に違和感を覚えるのは、旅人の勝手な思いなのか……。

 「新潟市史通史編3・近代(上)」に次の記述を見つけた。
『慶応3(1867)年9月18日、緊迫した政治状況の下で、越後に約20万石の藩領を有していた会津藩は、越後諸藩の代表を新潟町の古町通六ノ町(現古町通九番町)の料亭鳥清へ集めて会議を開いた』
 会津藩と長岡・新発田・村上・村松・高田・桑名・沼津・上ノ山・三根山・糸魚川・黒川・三日市・椎谷藩の十三藩が一堂に会した「新潟会議」の記述である。桑名藩と沼津藩は、その時、越後に飛び地を領有していた。
 
 私は古町通九番町に向かい、「鳥清」を探した。「鳥清」は、元治元年(1864)の「越後土産初編・新潟細見の部三・料理店」のトップに掲げられていて、新潟を代表する料亭であった。その店は、昭和5年(1930)の新潟市三業組合員名簿をもとに作成された地図にも、古町通九番町にはっきりと記されている。
 その地図に基づいて周辺を探したが、「鳥清」は見つからなかった。「新潟会議」を示す史跡も無かった。古町は今でも新潟花柳界の中心で、夜に賑わう店が沢山ある。地図上の「ハナヤ酒店」が昔のままあるのを見つけた。そこから六軒小路を進むと、やはり地図に記された料亭「かすみ」が営業を続けていた。
 江戸時代から続く六軒小路を歩いていると、一気に幕末の雰囲気に引き込まれるのである。会津藩士たちもこの小路を闊歩していたに違いない、と思えてくるのだ。
(鈴木 晋)


新潟奉行所跡・NEXT21

 
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