ザ・戊辰研マガジン

2018年07月号 Vol.9

みちこの幕末ちょっと寄り道!

2018年06月26日 13:54 by minnycat

ここ数年の、幕末に関しましての新聞記事をご紹介いたします。

「盗難から10年の奇跡 ~天誅組の史料戻った」 2013年8月  

 五條市西吉野町賀名生(あのう)の重要文化財「堀家住宅」から10年前に盗まれ、行方が分からなくなっていた天誅組の史料が見つかり、奈良市登大路町の県立美術館で開催中の「天誅組150年記念展」で24日から一般公開されている。史料が持ち込まれた大阪市内の古書店から7月末に無償で返還された。天誅組隊士の名が書かれた芳名帳「来賓性名録」など3点で、いずれも天誅組の変の様子を伝える貴重な史料だ。展示は31日まで。 堀家住宅は南北朝時代に後醍醐、後村上、後亀山各天皇の行宮(あんぐう=仮御所)となった南朝の賀名生皇居跡。明治維新の魁(さきがけ)となった文久3(1863)年の天誅組の変では、五條から天ノ川辻に向う途中に隊士たちが訪れ、手厚いもてなしを受けたという。今回公開された「来賓性名録」は同家に伝わる来訪者の芳名帳で、河内勢の水郡(にごり)長雄(善之祐)や坂本龍馬とも関係が深い土佐脱藩士の池内蔵太ら隊士10数人が記帳。同家に伝わる南朝ゆかりの品を見て感動したことも書かれている。また、高取城下への夜襲に失敗した総裁の吉村寅太郎一行に対し、「一刻も早く天ノ川辻の本隊に来るように」と指示した8月28日付の手紙も展示する。 堀家住宅では平成15年1月、後醍醐天皇から賜った「日の丸」など約80点が盗難に遭った。日の丸など一部は2年後に戻ったが、多くは売却されて行方不明だった。ところが、昨年5月に大阪市内の古書店に持ち込まれ、大阪城天守閣(同市)の北川央さんが鑑定。北川さんは水郡長雄の子孫の親戚筋だったことから、盗まれた史料であることを見抜いた。 堀家の当主、堀元夫さん(73)は「最初話を聞いたときは奇跡だと思った。返還頂いた古書店に感謝したい」と10年ぶりの再会に感動。「天誅組の研究に役立ててほしい」と、「維新の魁・天誅組」保存伝来・顕彰推進協議会(五條市)に寄贈した。同協議会の田中修司会長は「150年の節目の年に発見されたことは、天誅組の隊士の導きかもしれない。少しでも早く、多くの人に見てもらおうと公開を決めた」としている。2013年8月26日 奈良新聞 画像は、10年ぶりの返還された堀家住宅に伝わる天誅組の史料=24日、奈良市登大路町の県立美術館

「八重と斗南テーマの企画展始まる」 2013年8月

  戊辰戦争での奮戦、京都での教員生活と波瀾(はらん)万丈の生涯を送った新島八重と、斗南の地で再興を目指した旧会津藩士たちの足跡を展示する特別企画展「新島八重と斗南」(三沢市主催、デーリー東北新聞社など協力)が1日、三沢市の先人記念館で開幕した。福島県会津若松市や、八重の夫・新島襄が創立した同志社大学の全面協力を得て、貴重な資料が集まった。 同展は、放映中のNHK大河ドラマ「八重の桜」が好評を博していることを背景に、旧会津藩が転封された斗南との歴史的つながりを広く知ってもらおうと企画。会津若松市の会津新撰組記念館などから多数の所蔵品を持ち込んだほか、県南地方に住む会津藩の子孫が大事に守ってきた軍扇、書簡など歴史的な品々を借り受けた。 中でも珍しいのは、会津戦争終結の際、会津若松城下の降伏式場に敷いた赤色のじゅうたん。藩士が「敗戦の悔しさを忘れぬように」と切り分け、「泣血氈(きゅうけつせん)」として持ち帰ったものだ。五戸町に移住した元家老・内藤介右衛門の子孫が同町で代々伝えてきた。 また、八重が詠んだ直筆(複写)の短歌や、3枚しか残されていないという山本覚馬の肖像写真、会津藩の砲術指南書といった、関係者の心境や時代をほうふつとさせる展示が並んでいる。 開館時間は午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)。休館日は8月26日、9月2、9、17、24日。入館料は高校生以上100円、小中学生50円(小中の毎週土日と、幼児以下は無料)。デイリー東北新聞社 会津若松市から借り受けた会津藩の洋式軍装(手前)も公開

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