ザ・戊辰研マガジン

2018年07月号 Vol.9

コーヒーブレイク「種々の小さな話」

2018年07月01日 19:49 by kohkawa3

その十四 腹の虫

 近所の耳鼻咽喉科で突発性難聴という診断を受けステロイド治療を行った。しかし、思わしい結果が得られず、総合病院の耳鼻咽喉科を紹介された。
 総合病院で聴力検査をすることになり、担当の看護師と私は防音設備の整った検査室に入った。検査室の中央には聴力検査機器が並んでいる。私は検査機器に背中を向け壁に向かって座り、体格の良い女性の看護師が検査機器の向こう側で私の背中を見ながら検査機器を操作する。
 イヤホンをつけると何も聞こえない。そのうちはるか彼方からジーという音やピーという音、小川の流れるようなチャラチャラいう音などがかすかに聞こえ、すこしづつ近づいてくる。聞こえたところで手もとのボタンを押す。
 右の耳、左の耳、頭蓋骨の一部に振動が伝わるようなイヤホンなどいろいろ検査した。聞こえているような、聞こえていないような状態から「はっ、聞こえた」という瞬間がある。聞き逃すまいとして集中する。
 そんなとき「クゥ~」という音が入った。ボタンを押しそうになるが「いや、腹の音だ」「昼飯食っとくんだった」「聞こえちゃっただろうな」などと思う。
 また「クゥ~」という音、しかし自覚症状がない。しばらくして「俺の腹の虫じゃない」と気がついた。
 その後も何度か「クゥ~」音が聞こえた。そのたびに「ボタンを押したい」という意地悪な誘惑に駆られるのだった。


その十五 電子ケトル(瞬間湯沸器)

 コーヒー豆を買うようになって5~6年になる。還暦を過ぎて嗜好の変化があったのか、コーヒーに砂糖やクリームを入れなくなった。そうなるとインスタントコーヒーでは満足できず、代わりにコーヒー豆を買ってペーパーフィルターでコーヒーを淹れるようになった。
 テキトーに淹れているが、コーヒーは産地によって味も、香も違うので、いろんな豆を試して楽しんでいる。
 最近は「グァテマラ」をよく飲んでいる。「グァテマラ」は酸味が効いて、舌にまとわりつくようなコクがある。といっても黙って出されたら産地など見当がつかない。
 当初、電気式のコーヒーメーカーを使っていたが、これが壊れたのをきっかけにペーパーフィルターで淹れるようになった。
 白いホーローのコーヒーポットをガスコンロにかけ、豆を挽きながら湯が沸くのを待つ。面倒と思っていたが、やってみるとコーヒーを淹れるのんびりした時間もいいもんだと思うようになった。生活にゆとりが生まれる。
 ところが最近、同居する息子が電子ケトルを購入、自分の部屋でこそこそ使っていたが、じゃまだといって台所に回ってきた。黒い無骨な電子ケトルは狭い台所では場所をとる。白いホーローのコーヒーポットのような風情もないのだ。
 ある日、電子ケトルでコーヒーを淹れてみた。湯が早く沸きスイッチも勝手に切れる。便利なのである。その日からホーローのコーヒーポットの出番がなくなってしまった。生活のゆとりはどこへ行ってしまったのか。
 今は、棚の上の白いコーヒーポットを見るたびに心がうずく。


その十六 天使の手のひら

 1年前、初めて胃カメラを飲んだ。定期健診のレントゲン写真で、食道に何か異変があったらしい。診断書の片隅に精密検査を要すとあった。これまで健康診断はオールAで、これが学校の成績だったら良かったのにといつも思っていた。
 とにかく精密検査を予約したが、検査が混み合っており、仕事の休みと調整して3週間後の検査となった。
 検査までの3週間、インターネットを駆使しての素人診断が始まった。最も怖いのは食道ガンである。食道ガンは自覚症状が出にくく、定期検診の精密検査で発見される事が多いという。調べれば調べるほど食道ガンの可能性が濃厚になった。
 もし、ガンだったら3週間も放っといていいんだろうか。そういえば去年の夏、胸焼けで不快な思いをしたが、あれは食道ガンの兆候だったのではないか。酒は食道を刺激して良くないんじゃないか。などなど、心配のタネがあとからあとから湧き上がってくる。
 もんもんとしながら検査当日を迎えたが、この日は検査の打ち合わせだけで、精密検査はさらに2週間後となった。医師からは「直接カメラで見て、ガンかそうでないかをはっきりさせる」と説明を受けた。ガンの手術をした友人は回りにいくらでもいる。いよいよかと覚悟した。
 長い2週間が経過した。検査当日、ベッドの上に横になり、口から胃カメラを飲み込む。涙とヨダレを流しながら耐える。カメラが喉元を過ぎてしまえば楽になると言われたが、それは相対的な話で苦しいものは苦しい。
 胃カメラを飲んでいる間、医師はカメラを押し込んだり、ぐるぐる回したり容赦なくやってくる。食道や胃の映像を見ながら「きれいなもんですねえ」などと説明してくれるが、聞いている余裕はない。
 「もう、やめてくれ」と言いたくても声も出ない。
 そんな時、最初から最後までやさしく声をかけながら背中をさすってくれた看護婦さんが唯一の味方であった。その手のひらの感触がいまでも背中に残っている。「天使の手のひら」と名付けてみた。
 病気らしい病気をしたことがない自分にとって、初めての看護婦さん体験であった。最近は看護師と呼ぶらしいが、やはり「天使の手のひら」は看護婦さんでなければいけない。
  (大川 和良)

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