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鬼の官兵衛を偲ぶ

2020年09月26日 19:12 by tetsuo-kanome

 幕末の戊辰戦争で奮戦し、その勇猛さから「鬼官兵衛」とも呼ばれた会津藩家老佐川官兵衛を顕彰している佐川官兵衛顕彰会(事務局・会津武家屋敷)は9/21に、会津若松市の鶴ケ城公園三の丸跡地にある顕彰碑前で献花し、会津の礎を築いた先人の墓参りも行いました。佐川官兵衛が戦死した熊本県から寄贈された石で2001(平成13)年に顕彰碑が建立されて以来、毎年顕彰碑前祭を行ってきました。今年は新型コロナウイルス感染症の影響を配慮して碑前祭は中止しましたたが、会津武家屋敷を運営する素対館と武家屋敷の役職員のみが参加し、素対館の相坂茂社長が玉串、川田忍副社長が花をささげ、佐川の遺徳を偲びました。先人の墓参りでは、戊辰戦争で会津藩の責任を一身に背負い自刃した萱野権兵衛、会津藩の誇りを守ろうと留学先の福岡県で16歳で自刃した萱野の次男郡長正の墓がある天寧寺、戊辰戦争時に集団自刃した西郷家一族の墓がある善龍寺、会津発展の礎を築いた田中玄宰が眠る小田山などを巡りました。

 佐川官兵衛は天保2年(1831年)生まれ。明治10年(1877)没。文武両道に秀で、会津藩京都守護職時代には学校奉行・別選組隊長・諸生組隊長を兼ね、「鬼佐川」「鬼官兵衛と呼ばれていました。鳥羽伏見の戦いで奮戦、戊辰戦争の北越戦では会津軍指揮として、長岡藩河井継之助らと共に各地に転戦。戦後明治7年に警視庁の巡査に応募、明治10年の西南戦争には警視隊隊長として参戦し黒川村で戦死しました。この顕彰碑は平成13年に建立。西南戦争で佐川官兵衛が戦死した地である、熊本県南阿蘇村よりゆかりの大石を譲り受けて建立されたものです。

【佐川官兵衛】

 鬼の官兵衛と呼ばれた名将佐川官兵衛を今の会津の皆さんが偲んでいることを知り、とても嬉しくなりました。官兵衛が戦死した熊本県から寄贈された石で顕彰碑が建立されていたなんて素晴らしいことです。今度、鶴ヶ城訪問時には、三の丸跡地にある佐川官兵衛の顕彰碑をお参りしたいと思います。

【記者 鹿目 哲生】

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