博物館を後にして……(続くが多くてすみません。)会津若松市新明通りの裏に、瑞雲山興徳寺(臨済宗妙心寺派)があります。ここは、豊臣秀吉が奥羽仕置のために会津へ来た時に、三泊ほど滞在したお寺でもあります。
このお寺には、会津城下町の整備と産業を興した蒲生氏郷のお墓がございます。
お墓には、空風火水地の五文字を刻した五輪塔であり京都大徳寺の本墓から分骨(遺髪)したものと伝えられています。(五輪塔は、万物の構成要素、宇宙の元素を表現しています)
また、墓前には辞世の碑もあります。
「限りあれば吹かねど
花は散るものを心短き春の山風」
花の一生は限りがあるのだから風が吹かなくてもいずれ花は散るというのに、どうして、せわしなく春の山風はふくというのだろうか。
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