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ザ・戊辰研マガジン

2020年07月号 vol.33

「近代日本資本主義の父」澁澤榮一

2020年06月23日 18:12 by tetsuo-kanome

 2024年度に1万円、5千円、1,000円の各紙幣が20年ぶりに刷新されることが発表されました。新しい一万円札は、『澁澤榮一』です。

年配の方々は、一万円札と言えば「聖徳太子」でした。

  その後「福沢諭吉」となり、今に至っております。

 澁澤榮一(1840年~1931年)は、社会に利益を還元する信念のもと、生涯に約500の企業の育成に係わり、同時に約600の社会公共事業や民間外交にも尽力しました。実は証券市場の誕生にも関わりが深く、まさに、「近代日本資本主義の父」と呼ばれております。『聖徳太子』⇒『福澤諭吉』⇒『澁澤榮一』と一万円札の変遷は、日本を代表する人物が選ばれたことになります。正直に申し上げますと、私は『澁澤榮一』の名前は知っておりましたが、その功績はあまり知りませんでした。

 私が勤務する新宿五丁目の会社の隣に「鶏料理屋さん」があり、フリーペーパーとして「江戸楽」という雑誌を無料で配っておりました。何気なく頂いて雑誌に目を通したところ、『澁澤榮一』を特集しておりました。

 

 澁澤榮一は、一橋慶喜に仕え、一橋家の家政の改善などに実力を発揮し、次第に認められていきました。 澁澤は27歳の時、15代将軍となった徳川慶喜の実弟・後の水戸藩主、徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることができました。明治維新となり欧州から帰国した澁澤は、「商法会所」を静岡に設立、その後明治政府に招かれ大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わりました。1873(明治6)年に大蔵省を辞した後、澁澤は一民間経済人として活動しました。そのスタートは「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)でした。 澁澤は第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設 ・育成に力を入れ、また、「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わったといわれております。 澁澤は、約600の教育機関 ・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力し、多くの人々に惜しまれながら1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じました。澁澤は、日本のインフラである電力会社、ガス会社の原点も澁澤が関わっておりました。ホテル、銀行、保険会社、証券取引所、鉄道、建設会社もです。知れば知るほど凄い人物です。第一国立銀行(現:みずほフィナンシャルグループ)や東京株式取引所(現:日本取引所グループの東京証券取引所)、東京電力、東京ガス、東京海上火災(現:東京海上日動火災保険)、帝国ホテル、開拓使麦酒醸造所(現:サッポロビール)、清水建設、JTBなど、今も歴史を積み上げている大企業も多い。まさに「偉大なベンチャーキャピタリスト」とも言えます。

 そして、我が戊辰戦争研究会の主宰者であります星亮一先生の新しい著書『天才 渋沢栄一』がいよいよ7/10に発刊されます。もちろん、私も注文済みですが、星先生の『渋沢栄一』評が、とっても楽しみです。皆様もぜひぜひご購入ください。

 『澁澤榮一』は、2021年のNHK大河とラマの主人公にも決定しており、まさに今こそ『澁澤榮一』の功績を世間に広めるべきです。

澁澤榮一(右)と徳川宗家16代当主の徳川家達とのツーショット。

【記者 鹿目 哲生】

 

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