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ザ・戊辰研マガジン

2020年07月号 vol.33

【幕末維新折々の記・七】勝海舟と小野権之丞

2020年07月05日 11:26 by tange

 慶応4年(明治元、1868)3月13、14日、勝海舟は東征軍参謀・西郷隆盛と江戸の薩摩藩邸で会談した。15日に予定されていた江戸城総攻撃の翻意を促すためであった。
 年初に始まった戊辰戦争で連戦連敗の旧幕府軍を代表しての交渉であり、勝は、その会談に臨むに際し、西郷を説得しうる決定的な切り札を用意していたに違いない。それは何であったのか――。
 「西郷さん、もし江戸が火の海になり、何の罪もない多くの民が殺戮されでもしたら、東北の諸侯が黙っていませんよ。上野においでの輪王寺宮を奉じ、東武天皇として即位していただき、東方政権を樹立します。そのような手筈も整っているのです」と、勝は懸命に西郷を説得する。
 「そうしたら、この日本国は完全に二分され、長い間、内戦状態になりますよ。そちらにはイギリスが味方し、東方政権をフランスが支援するでしょう。これは、極東の小さな国での英仏代理戦争だ。どちらが勝っても、日本は隷属国家になってしまう。それで良いのですか」
 「東方政権」、これこそが勝の用意した切り札であった。勝は、西郷を恫喝し江戸城総攻撃を中止させ、徳川宗家の安泰と引き替えに無血開城を約束した。

 そもそも徳川家康は、江戸に幕府を開いた時、将来西方の外様雄藩が京都の天皇を担ぎ江戸に攻めてくることを予見していた。現実となる幕末維新の流れを260年も前に見定めた家康は、徳川家がそのような外様雄藩と戦って朝敵となるのを避けるため、江戸に法親王(親王宣下を受けた皇族男子で出家した宮)を招き、いざという時に東方の天皇に据えるという構想を練っていた。その構想は、三代将軍・家光が東叡山寛永寺を開基し、四代将軍・家綱が山主(貫主)として輪王寺宮を招いて実現する。 
 勝海舟は、慶応2年(1866)6月の長州再征戦で幕府軍が大敗走したことをうけ、その終戦処理のため現地に赴いた。そこで、はっきりとこの時代のいく末を見据えた。彼の思いの中に、家康の構想がどんどん大きくなっていった。あとは、輪王寺宮を東方の天皇とする政権の樹立を目指し、その実行者を探すだけだった。

 時は少しさかのぼるが、勝は、文久3年(1863)2月、幕府より神戸海軍操練所の運営を任される。そのため、「海舟日記」によると、前年12月からの一年間に連続ではないが延べ218日、京都、大坂、兵庫に滞在している。
 一方、京都守護職を拝命した会津藩主・松平容保は、文久2年(1862)の12月に入京している。時を同じくして京坂の地に滞在した幕府重臣と親藩大名の家臣との間に交流が生まれるのは、自然な成り行きだった。
 「海舟日記」によれば、手代木勝任、広沢富次郎、林三郎、山本覚馬そして小野権之丞らの会津藩士が勝のところに出向いて、時代の情勢などについて意見交換をしていた。
 その話し合いの中で勝は、輪王寺宮法親王を東の天皇に擁立するという家康以来の構想を、彼らへ伝えた。徳川への忠誠心が厚い会津藩は、家康の構想実現のために、藩内の団結心と相まって正に適任であると考えた。ただ勝の頭の中でこれは、あくまでも徳川宗家を守る一手段に過ぎず、言わばそのための保険を掛けるようなものだった。
 しかし、小野権之丞の考えは異なっていた。台頭してきた薩長勢力から会津を守るために、この策がきわめて有効だと考えた。ことある時、上野から輪王寺宮を東北の地に遷座し、米沢、仙台など諸藩の勢力を結集し別の政権を打ち立て、会津をあくまでも守り切ろうとしたのだ。会津戊辰戦争の始まる二か月前、小野は、上野戦争の敗北で東北へ逃れた輪王寺宮公現法親王に随行し、会津から米沢、白石、仙台を巡る。
 しかし、肝心の仙台藩が揺れていた。藩内では、東北に侵攻した新政府軍に対して、主戦派と恭順派が対峙していた。結局、藩主・伊達慶邦の決断で、9月18日に恭順を選び降伏した。その4日後、籠城して戦っていた会津藩も全面降伏する。
 勝は輪王寺宮を利用して徳川宗家を守り、小野は宮とともに奔走するが敗れ去る――。

 海舟が愛した洗足池(東京都大田区)の傍らに、令和元年9月、全国初の「勝海舟記念館」が開館した。
(鈴木 晋)


この洗足池の傍らに海舟夫妻の墓もある。

 
次号、「輪王寺宮、東北へ」


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