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ザ・戊辰研マガジン

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阿武隈の地を走る磐越東線

2021年10月03日 12:21 by norippe


 磐越東線(ばんえつとうせん)は、福島県いわき市のいわき駅から、郡山市の郡山駅までを結ぶJR東日本の鉄道路線で、「ゆうゆうあぶくまライン」の愛称が付けられている。いわき駅から郡山駅まで行くなら高速バスという手もあるが、山間を走る磐越東線の車窓の眺めは格別で、その眺めを見るためにこの磐越東線に乗る客も多い。阿武隈山地を流れる「夏井川」に寄り添うように走る磐越東線は、福島県内のみで完結する唯一のJR線でもある。


いわき駅磐越東線6番ホーム

 まずは、磐越東線の路線を蒸気機関車が走る昔の動画がある。始発のいわき駅と終着の郡山駅の映像はないが、阿武隈山地をひた走る機関車をじっくりと見ていただき、磐越東線の雰囲気を味わっていただければと思うのである。

映像はここをクリック

 いわき駅を出ると最初の駅は「赤井駅」。
 当マガジン7号で掲載した記事「新島襄が訪ねようとした磐城の閼伽井嶽薬師堂」に通じる道がある赤井駅である。いわき駅の隣ということもあって、駅の近辺は住宅が多い。また2019年に起きた台風によりこの辺一帯が水に浸かる被害を被った場所でもあるのだ。

 次の駅は「小川郷駅」。
 町の家並みを外れると狸や猪が出没する場所で、時々、道路をウサギが横切って行く姿が見られ、梨園が点在するのどかな雰囲気の町である。


小川江筋

 小川郷駅に入る道路に夏井川が流れ、そこに橋が架かっていて、そのたもとに農業用水を取り込むための堰がある。「小川江筋」である。この用水は、いわき市の中心部である平、小川、四倉を包含し、農業用水ばかりでなく水道水にも一部利用され、地域経済に不可欠な施設となっている。
 小川江筋は寛永10年から(1633年)幕藩体制確立の一環として、磐城平藩主内藤候の治政下に開削され、取水堰は寛永15年(1638年)頃に築造された。また、江筋の延長は現在28kmであるが、江筋の用水で約900haの水田が耕作され、農業が地域の基幹産業の一つとなっている。さらに水道水としても一部利用され、市民10万人余の生活用水として使用され、いわき市の発展に寄与しているのだ。磐城平藩の命により「澤村勘兵衛」がこの「小川江筋」の難工事の指揮を取ったのであるが、「澤村勘兵衛」については、またの機会に記事に載せたいと思う。


草野心平

 この小川町には詩人「草野心平」の生家があり、「草野心平記念館」がある。草野心平は「蛙」をはじめ「富士山」「天」「石」等を主題にして詩を書いたが、その根底には「すべてのものと共に生きる」という独特の共生感がある。また書、画等、多彩な創作活動を展開している。自身の歩みを「ジグザグロード」と表現したように、創作活動の一方で、貸本屋「天山」、居酒屋「火の車」など様々な職業に就いた。高村光太郎、中原中也らとの広範な交友関係もある。



 この小川郷駅を過ぎると、次は「江田駅」。
 先の動画映像はこの小川郷駅を出てからの映像で、それを見てわかる通り、この辺から風景が山地を走る磐越東線へと変わるのである。


瀬戸画廊

 この「江田駅」を降りると近くには「瀬戸画廊」という、渓谷をハイキングが出来る有名な場所がある。清流が流れ、そして数多くの滝があり、とても魅力あふれる場所である。

 「江田駅」を過ぎると次は「川前駅」。
 川前駅にはかつて蒸気機関車に給水するための給水塔があった。今は撤去されているが、蒸気機関車時代にはホーム脇にある珍しい給水塔として有名であった。

 「川前駅」の次は「夏井駅」。
 夏井駅の前を流れる夏井川。その夏井川の遊歩道沿いには「千本桜」と言われる有名な桜並木があり、春には多くの観桜客で賑わう場所である。


千本桜


諏訪神社の夫婦杉

 また、この夏井駅から200mほど行ったところに諏訪神社がある。まっすぐ伸びたスギが並ぶ中に、ひと際高い、樹齢1,200年とされる国指定天然記念物の夫婦杉が立っている。「翁スギ(じじすぎ)・媼スギ(ばばすぎ)」である。しめ縄を架けわたされた2本のスギは、高い梢が重なり支えあう様相が縁起がいいとされ、夫婦が共に達者で老いることを寿ぐ想い、長命のものごとにあやかりたいとする伝えに合った名付けでもあるのだ。社殿に向かって右側が翁スギ、左側が媼スギと呼ばれている。

 「夏井駅」を過ぎると「小野新町駅」である。


小野篁の館跡

 小野新町駅前に、小野篁(おののたかむら)がこの地に下向したときに住んだといわれる館跡がある。館には、各郷の長者の娘が出任していたが、その中でも最も優れた美貌の娘、愛子との間に女の子を生まれた。それが、平安の美女、六歌仙の一人「小野小町」であると言われている。近くには「愛子墓碑」や「小町生誕の碑」、「鬼石」、「珍敷御前(愛子)神社」、「篁神社(矢大神社)」など小野小町にまつわる史跡が点在している。
 また、夏井川と専光寺、町民体育館に挟まれた場所に、戦国時代その存在を大きく誇示した小野城があったが、いわき地方を支配していた岩城勢の進攻によって、小野城は落城している。


リカちゃんキャッスル

 小野新町と言ったら「リカちゃんキャッスル」。女の子の憧れのお人形のリカちゃんを製造するオープン工場で、シンデレラ城を思わせるヨーロッパ風の城造りの建物がひときわ目立つ。リカちゃんにまつわる展示や販売をして、女の子が喜ぶテーマパークである。


 「小野新町駅」を過ぎると、「神俣駅」、そして「菅谷駅」と続く。


あぶくま洞

 ここは鍾乳洞で有名な「あぶくま洞」があるところである。水が流れ、人ひとりが這って歩き、やっと通れるような入水鍾乳洞、そして巨大な洞窟のある阿武隈鍾乳洞があり、神秘的な自然を味わえる場所である。そして星の天文台がある事でも知られている場所なのだ。

 その後磐越東線は「大越駅」「磐城常葉駅」「船引駅」「要田駅」「三春駅」「舞木駅」そして「郡山駅」で終点となる。

 次は「大越駅」。
 8世紀後半頃、蝦夷征討にやってきた坂上田村麻呂の軍が大声を上げて進軍したことが大越町の名前の由来とされているが、大声が大越?はたして本当の話なのか。かつては田村氏の家臣、大越氏によって支配されていたからと言う話もあるので、本当はどちらなのかはわからない。この大越町はたばこ産業が盛んであった地域であったが、時代とともに衰退していった。戦後には住友大阪セメントが操業を始め、人口が増加したが、2000年に工場は閉鎖され、産業の空洞化が進んでいる。

 大越駅の次は「磐城常葉駅」。
『ムシムシランド』のある田村市(旧常葉町)は、葉タバコの生産が盛んな町だった。葉タバコの肥料となる腐葉土に、沢山のカブトムシの幼虫が育っているのを発見したのがきっかけで、カブトムシを軸とした町おこし事業が始まった。そして1989年、自然の中でカブトムシの生態をつぶさに観察できる、日本初のカブトムシドーム『カブトムシ自然観察園』がオープン。展示昆虫や生きているカブトムシなどと、直接触れ合える時間を提供している。


 次は「船引駅」。
 こんな山の中で船を引くとはどんな事なのだろう。船引町の町名の由来は、坂上田村麻呂が率いる戦隊が、物資などを船に乗せて輸送していたおり、当時から浅瀬の大滝根川に差しかかり、隊員が船から下りて船を引いて渡った所から来ているという。
 坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は、今から1200年ほど前の平安時代初期の武将で、征夷大将軍として蝦夷【えみし】(現在の東北地方)を討伐した人物である。


 船引駅の次は「要田駅」。
 このあたりに来ると、阿武隈の山々の姿は薄らぎ、田んぼの風景が広がってくる。

 要田駅を過ぎると次は「三春駅」。


三春城址

 三春にはお城山や舞鶴城の呼び名で親しまれている三春城がある。戦国武将田村氏が三春町に城を構えたことから、三春町は城下町として発展した。そのため、今なお、多くの神社仏閣や蔵などが町の中心市街地には点在しており、それらを祀る四季折々の祭事も盛んに行われている。
 町には、日本三大桜の「三春滝桜」があり、他にも約10,000本の桜があることから全国的に桜の町として知られている。小さい町ながらも、「城下町の風情ある街並み」、「桜の観光地」、「近隣中核市へのアクセスが良い利便性」といった多くの魅力的な要素を持っている町である。
 戊辰戦争では、奥羽越列藩同盟に加入したが、新政府軍に降参後は新政府軍の先鋒として列藩同盟軍に立ち向かった事から、裏切りの三春藩として後ろめたい戦後をおくる事になってしまった。また明治初期は自由民権運動が盛んな町で、自由民権発祥の地ともされている。


 三春の次は「舞木駅」。
 難読駅のひとつで「モウギエキ」と読む。駅にある桜が人気を呼んでいる。

 「舞木駅」の次は終点の「郡山駅」となり、これで磐越東線の旅が終わりとなる。


 磐越東線の路線距離は85.6 km
 駅数は起終点駅のいわき駅と郡山駅を含めると16駅。
 全線単線で電化区間は無く全線非電化である。

 磐越東線は、阿武隈高地を越えて、浜通り(福島県太平洋沿岸)の平と中通り(同県中部東北本線沿い)の郡山を結ぶ平郡線として計画され、平側の平郡東線(へいぐんとうせん)、郡山側の平郡西線(へいぐんさいせん)が1914年から翌年にかけて開業した。そして1917年の全通と同時に磐越東線と改称したのである。


 【磐越東線の駅名】
いわき - 赤井 - 小川郷 - 江田 - 川前 - 夏井 - 小野新町 - 神俣 - 菅谷 - 大越 - 磐城常葉 - 船引 - 要田 - 三春 - 舞木 - 郡山


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