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ザ・戊辰研マガジン

2022年12月号 vol.62

会津に伝わる高遠そばの歴史

2022年12月03日 13:44 by norippe
2022年12月03日 13:44 by norippe

 早いもので、もう12月になってしまった。雪が降ったという知らせが日本各地で届いている。12月に入ると世の中はクリスマスムード一色になり、そして大晦日を迎え正月となる。

 日本では大晦日に年越しそば食べる習慣がある。除夜の鐘を聞きながら、そばを食べて新年を迎えるといった風習は、江戸時代の町人の間で始まったといわれ、そばのように細く長く長寿であるようにという願いが込められているという。

 また、金銀細工職人が仕事場に飛び散った金粉を、そばを練って作った団子を転がして集め、その団子を焼いて金粉を取り出したことから、そばは金を集めるという縁起の意味もあったという。また、年越しそばの薬味に刻みネギが添えられるのは、ネギの語源が「ねぐ」からきていて「祈る」という意味があることから、ネギを添えることで、さらに長寿や金運を祈願するともいわれている。

 ネギは刻んで入れて食べるものと一般的には思われているが、その常識を覆す食べ方が会津地方にあった。会津のお殿様が参勤交代のおり必ず立ち寄ったのは会津下郷にある大内宿。


大内宿

その大内宿では江戸時代そのままの姿を残す風景で、街道沿いに藁ぶき屋根の家や店が建ちならび、数件のそば屋が店を開いている。
 そのそば屋のそばが独特のもので、そばにつきもののネギが刻みネギではなく、ネギそのものの姿で提供されているのだ。そのネギを箸替わりにしてそばをすくい上げて食べる。その時ネギもかじって食べるという、なんとも風変わりな食べ方のそばがあるのだ。


ネギそば

 会津のそばは、昔は祝いの席や徳川将軍への献上品だったため「切る」というのは縁起が悪いとされ、ねぎを切らずにそのまま使ったのが始まりだと言われている。

 会津のそばのルーツは高遠そば。辛味大根に類似する生ねぎの辛味が共通した味わいだったと思われる。江戸時代初期において、そばは辛み大根のおろし汁と焼き味噌で食べるのが一般的だったが、醤油や鰹節などの普及によって、醤油だれに取って代わった。
 この高遠そば、信州は伊那市高遠町ゆかりのそばである。高遠では焼き味附を使うが、どちらも辛み大根が決め手で強い辛みがある。

 会津にこの高遠そばを持って来たのは保科正之である。
 慶長16年(1611年)に江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠の四男として生を受けた保科正之は、庶子だったため、元和3年(1617年)に信濃高遠藩3万石の藩主・保科正光の養子となり、正光の跡を継いで寛永8年(1631年)に同藩の藩主となり[5]、寛永13年(1636年)の出羽山形藩20万石への移封まで藩主をつとめた。蕎麦先進地の信濃国諸藩からの移封は江戸時代初期から頻繁にあり、正之もその1人であった。
 高遠藩3万石、山形藩20万石、会津藩23万石と石高が上昇し、家臣団や城下を削減することなく移封できた正之は、一方で蕎麦好きだったとされ、山形や会津に、そして第4代将軍・家綱の補佐をしていた江戸にも蕎麦を広めたと考えられている。高遠藩からは徳川将軍家に寒ざらし蕎麦を献上する慣例もあった。


保科正之

 正之が会津転封の際に一緒に連れて来た蕎麦打ち職人から続く伝統の蕎麦は、正之が初めて藩主となった高遠藩に由来して「高遠そば」と呼ばれ、そして福島県会津地方に根ざしてきた。

 高遠町ではそばは郷土食として各家庭で脈々と途切れることなく受け継がれきており、「そばの打てない女性は嫁にはいけない」と言われるほどの日常食として根付いていた地域であるがゆえに、商売としては成り立ちにくく、長年、町内にはそば屋はほとんど存在しなかった。
 1997年(平成9年)、交流のため福島県会津若松市を訪れた長野県高遠町が、「高遠そば」という名称でそばが商売として成り立っている状況を目の当たりにし、1998年(平成10年)より、同町の飲食店関係者らによって組織された「高遠そばの会」が中心となって、会津の蕎麦屋の支援を受け「高遠そば」を地域活性化の為の事業として取り組むことを開始した。2000年(平成12年)には会津若松市と高遠町が親善交流都市となり、2006年(平成18年)に高遠町と合併した伊那市が同市との親善交流都市を引き継いだ。

 今年の年越しそば、こんな歴史に思いを馳せながら、ネギを箸替わりに食べてみてはいかがだろうか。

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