バックナンバー(もっと見る)

2024年春季号 vol.5

今年は3月後半が寒かったせいか、例年より桜の開花が遅くなっておりましたが、全国…

2023年秋季号 第3号

戊辰戦争では、当時の会津藩は鳥羽・伏見の戦いで「朝敵」とみなされ、その後も新政…

ザ・戊辰研マガジン

2020年09月号 vol.35

関東幕末史跡巡り8 水戸市編その3

2020年09月01日 17:50 by katsukaisyu
2020年09月01日 17:50 by katsukaisyu

関東幕末史跡巡り8 水戸市編その3

 偕楽園  

 斉昭が造らせた大名庭園が偕楽園です。広大な庭園で、梅で有名ですが、5月はすいていました。藤の花やサツキがとってもきれいでした。写真は表門です。

  斉昭が設計したという好文亭(こうぶんてい・復元)です。明治期に斉昭の正室、慶喜の生母、吉子女王がこちらに住んでいたそうです。慶喜は当時の大名には珍しく、正妻の子で、母親の血統が天皇家につながり、ものすご~く、高貴なわけです。慶喜が朝廷に政権を返還する大政奉還に応じたのも、こういった事情があったのかもしれません。少なくとも、14代家茂が存命だったら、大政奉還ではなく、薩長軍側と佐幕派軍との大戦争になっていたかもしれません。

 

  好文亭の内部です。藩主の部屋、奥方の部屋、配ぜん用の昇降機なんてのもありましたよ。

 楽寿楼と名付けられた展望所です。  好文亭の3階から見た偕楽園の眺望です。広々としていて、美しいお庭です。  

   明治期に慶喜が母親を訪ねて、当所を訪れたこともあったそうです。来年の大河ドラマでは草彅剛さんが慶喜役に決まりました。どんな慶喜を演じてくださるか、今から楽しみです。偕楽園も放映されることでしょう。写真は弘道館で展示されていた慶喜一家です。慶喜は向かって左端。右から2番目がご母堂です。右端は慶喜の娘さんだとか。

    庭に建立されている青莪遺徳碑です。幕末に暗殺された原市之進の顕彰碑です。再来年の大河にも登場されることでしょう。

関連記事

星亮一先生のことと私の会津についての少しばかりの知識

2024年春季号 vol.5

【史跡を巡る小さな旅・十二】目黒通り

2024年春季号 vol.5

【史跡を巡る小さな旅・十三】行人坂(ぎょうにんざか)

2024年春季号 vol.5

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2024年春季号 vol.5

今年は3月後半が寒かったせいか、例年より桜の開花が遅くなっておりましたが、全国…

2023年秋季号 第3号

戊辰戦争では、当時の会津藩は鳥羽・伏見の戦いで「朝敵」とみなされ、その後も新政…