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ザ・戊辰研マガジン

2019年11月号 vol.25

今月号の表紙

2019年11月05日 11:17 by norippe

 福祉の「福」も「祉」も幸せや豊かという意味を含む文字であります。すべての市民に最低限の幸福と社会的援助を提供するという理念が「福祉」の語源であると言われています。
 社会福祉の根底は江戸時代にありました。江戸時代の農村は「村落共同体」といって、家族や村落内で相互扶助するといった文化でしたが、福祉という概念自体はまだありませんでした。みんなで助け合うという精神が江戸時代にはあったのです。そして、産業化による社会事業として成り立ったのが明治以降で、それから日本では福祉事業というものが急激に発展してきました。今の日本では法律も整備され制度も進化してきています。

 戊辰戦争があった時代に「福祉の母」と言われた人物、それが日本のナイチンゲールと言われた「瓜生岩子」であります。瓜生岩子が生まれたのは会津小田付村、現在の喜多方市。喜多方にはこのマガジンのVol.3で紹介した「夢心」という酒蔵があり、さらに世界一を誇る「ほまれ」酒蔵があります。酒といったらこの喜多方なしには語れません。

 会津戦争での鶴ヶ城攻防戦では、会津城下町の家々は火に包まれ、人々は火傷で傷つき、さらに銃の流れ弾で傷つき、悲鳴が行き交う修羅場でありましたが、そんな中を大八車をひいて負傷者を運んでいるひとりの女性がいたのです。瓜生岩子でした。
 会津の風土で育まれ、人道主義を貫いた瓜生岩子。今月号の表紙は浅草集会で撮影した時の瓜生岩子像を使ってみました。


なお、瓜生岩子についてはVol.5の伊藤さんの記事「戊辰戦争研究会アルバム」、そして前号の鹿目さんの記事「会津藩ハンサムウーマン・ベスト5」の中で語られていますので是非ご覧下さい。

https://boshinken.publishers.fm/article/17229/

https://boshinken.publishers.fm/article/21079/


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