ザ・戊辰研マガジン

2018年09月号 vol.11

コーヒーブレイク「種々の小さな話」

2018年09月06日 23:54 by kohkawa3

その十九 ナメクジ

 ひさしぶりにナメクジに遭遇した。
 近所で家庭菜園をやっている人にサニーレタスや小松菜、じゃがいもなどを頂いた。
 さっそく、小松菜は味噌汁に、サニーレタスは肉味噌を包んで食べることにした。
 レタスをとりあえず流しに置いた。気がつくと流しを数匹のナメクジが這っている。「ギョエーッ」と驚いたが、野菜に虫がついているという当たり前のことを久しく忘れていた。レタスは一枚一枚丹念に洗った。
 5~6匹のナメクジを退治してから「しまった、塩をかけるんだった。」と思った。
 昔はナメクジなどどこにでもいた。風呂場や台所でナメクジを発見すると「塩もってこい」とナメクジ退治を楽しんだものだ。
 塩で水分を奪われたナメクジは、その後どうなったのだろう。ちゃらんぽらんな性格なので、最後まで見届ける事はなかった。今思えば、夏休みの宿題にちょうど良かったような気がする。
 調べてみた。ナメクジの体の90%は水分で、皮膚のようなものはなく薄い膜で覆われているので、塩をかけられると水分をとられ小さく縮んでしまう。しかし、縮んだナメクジは多くの場合、元気に回復するのだそうだ。退治したつもりが、うまくだまされていたのだ。
 ナメクジ退治にまつわる思い出がもう一つある。中学生の時、サボテンを集めるのが趣味だった。
 サボテンにとってナメクジは天敵なのだ。夜中、ナメクジはサボテンのトゲの上を悠々と歩き回り、サボテンの表皮を食い荒らす。梅雨時の夜などは特に活発である。傘をさし、懐中電灯とピンセットを持ってナメクジ退治をするというのが日課だった。手が足りないので懐中電灯はタオルで頭に括りつける。八つ墓村である。変な中学生であった。
 ナメクジとの因縁は少なからずあったのだなと思う。ナメクジも好んで食べるサニーレタスは、肉味噌を包んで食べると格別美味であった。
 ところで、サボテン好きの卓球少年であったという暗い過去は、人には知られたくない秘密であった。


その二十 盆おどりデビュー

 子供の頃から祭りは人並みに好きであった。
 山車を引くのも、神輿をかつぐのも楽しかった。夜店では少ない小遣いをどの屋台で使おうか迷いに迷ったあげく、しょうもないことに使って後悔した。祭りの楽しみはいろいろである。
 田舎の祭りは小さな祭りでも、近所の友達といっしょに参加してワイワイ楽しめるのが何よりだった。
 ところが、盆おどりだけは違った。踊の輪に入ることが出来なかったのだ。踊の輪に加わりたいけど、何やら恥ずかしい。ウジウジしているうちに盆おどりが終わってしまう。
 そんな子供の頃の情けない心持ちもいつしか忘れていた。
 8月の最後の日曜日、団地の夏祭りがあった。団地に引っ越してきて2度目の夏祭りである。私が所属する団地の卓球部はカレーライスの売店を出した。
 団地の広場を囲むようにテニス部やら野球部やらが主催する焼きそば、かき氷、焼とうもろこし、生ビールなどの売店が並び、中央には盆おどりのやぐらが組んである。ちょうちんに灯がともる頃、盆おどりの輪が出来始める。カレー屋さんの作業の合間に踊の輪を何気なく眺めていた。
 輪の中に甚平を着た小太りの男性がいた。30代くらいだろうか。この男性、踊がやたらうまく、ひときわ目立つ。そして楽しそうである。周囲の人たちも「うまいねー」とささやきあっていた。
 名人の踊をチラチラ見ているうちに、踊の輪に入りたいけど入れなかった子供の頃の心持ちを思い出していた。
 そうこうするうちカレーも完売した。盆おどりは続いている。
 そうだ、あの名人のナナメ後ろあたりについて、見よう見まねで踊ってみよう、などと思っているうちに「次の炭坑節で最後です」という放送が流れ、盆おどりは終わってしまった。
 あーあ、昔と一緒かと思う。そのうち「アンコールに応えてもう一丁」という放送とともに、炭坑節がまた始まった。気がつくとまわりの人達に「踊ろ踊ろ」と誘われるまま、ふらふらと踊の輪に加わっていた。
 還暦超えの盆おどりデビューとなったのだった。ちょっと恥ずかしく、しかし、楽しいひと時であった。


その二十一 秋の種まき

 最近、民俗学の本を読んだ。
 夜這いの風習や市場、神域での自由な性の交換などは、江戸の頃までは西日本を中心に残っていた。明治時代になり、そのような風習はけしからんということで御上が取り締まり、徐々に消えていったという。
 日本には、こんな自由な性風俗があったのかと思いながら、40年以上も前に山の仲間から聞いた話を思い出した。
 10代後半の学生の頃、栃木のいなかの山岳同好会で活動していたことがあった。いっしょに山に登った仲間は、地元で農業をしている人が多かった。
 宇都宮の郊外に古賀志山という標高582mの山がある。ここは岩場が多くロッククライミングの練習場ともなっている。
 昼間はクライミングの練習をして、夜になると岩が頭上に張り出した大きな洞窟で、星を眺めながら焚火を囲んだ。一杯やりながらいろいろな話をし、野宿するのだ。
 そんな時、当時30代の先輩の一人が「俺は若い頃、秋祭りで女の子を押し倒してナニしたことがある。」という話を始めた。それは強姦だろうという声に対して「いや、俺の村では秋祭りの男女交歓が風習として残っている」と言い張った。
 彼は、秋祭りの夜、仲間数人と示し合わせて祭りから帰る途中の女の子を狙う計画を立てた。事が終わったら自転車で逃げる。シンプルである。
 暗がりで女の子をつかまえた彼は、夢中で近くの畑に女の子を押し倒し、あばれる女の子を相手に、焦って事を済ませ、自転車に飛び乗って逃げた。どう考えても強姦に違いない。
 終わった後仲間と落ち合い、酒を飲みながら武勇伝を語り合った。しばらくして、尿意を催しトイレに立った彼は、自分自身の先端が泥まみれになっているのを発見した。
 無我夢中で狙いが定まらなかったらしい。仲間たちに「ヨソの畑に種まいてどうすんだ!」と大笑いされたという。
 後で知ったそうだが、彼を笑った他の仲間も似たりよったりで、全員そろってヨソの畑に秋の種まきをしたのだった。
 大笑いして聞いていたが、むちゃくちゃな話だという思いがあって記憶に残った。今にして思えば、この出来すぎた話は、先輩が若い仲間を煙にまいた落とし話だったのだと思う。
   (大川 和良)





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