ザ・戊辰研マガジン

2018年09月号 vol.11

桜宝寿のいろいろ感想 「西郷、西へ」

2018年09月02日 17:53 by moomin6001

「西郷どん」第26回 「西郷、京へ」から

岩倉、勝、龍馬、そして、西郷 幕末、おなじみのメンツがそろってきました。主人公が5年も島流しにあうという珍しい大河ドラマですが、いよいよ吉之助も京の政局の表舞台に戻ってきました。これからしばらく、本作の感想を書かせていただきます。お読みいただけますと、幸いです。

 吉之助、頼もしくなってきましたね。やっと、かっこいい大河の主役が見れそうです。斉彬の遺訓を胸に、吉之助が幕末の京に参上しました。  本作では、吉之助に対峙する人物として、一橋慶喜がクローズアップされています。この方、いろいろと渾名がありますが、「二心殿」と噂され、あまりに頭がよすぎて、ころころと御心が変わります。ドラマでも、慶喜に振り回される久光が描かれていました。慶喜が吉之助と屋敷で対面するときは紋付に葵紋、色町へ吉之助を呼ぶときは菊柄の着流しと、慶喜の二面性を表しているようでよく考えられた演出だと思いました(慶喜はもちろん、一橋家当主なので表は葵紋。実母は水戸斉昭の正室で、有栖川宮の娘、吉子女王なので、皇室に近い血筋です)。このことが、後の大政奉還に大きな影響をあたえるのだとか。

 天誅は本当に権力者にとって、怖い出来事だと、ドラマの中で描いていました。慶喜も震え上がっていました。だから、不逞浪士を取りしまる新選組が重宝されるわけです。桜田門外の変以来、時の権力者を殺害することで、世の中が変わるということを知ってしまった草莽の志士さんたちが、次の権力者候補、慶喜を襲撃してきました。一橋家は御三卿で、御三家に次いで家格は高いのですが、藩ではないので、家臣を持たず、慶喜は苦労したと聞きます。確かに、警護等大変だろうなと推測します。江戸から新門辰五郎とその郎党がやってきたのはそのためです。久光は慶喜ともめて、さっさと国元へ帰り、ようやく京都滞在の許しを得た吉之助、京で面目躍如の活躍をしてくれることでしょう。  

 最近、太政官布告の第2号(慶応4年2月)を見る機会がありました。三条、岩倉、大久保、木戸、五代、吉井、伊藤、井上・・・、と新政府の陣容メンバーが記されているのですが、うん、誰かいないと。そう、西郷吉之助がいない!この時、吉之助は官軍の先鋒隊で東征中なので、新政府の中にいないのですね。次週は、今までは民思いの民政官だった吉之助が、軍人西郷に大変身を遂げそうです。  

 ところで、明治維新は革命ではありません。吉之助も革命を起こそうとしていたとは思えません。このときから3年後に、政権交代は起こりますけどね。明治維新を英語でいえば、 “Meiji Restoration”で、“Meiji Revolution”ではありません。時代考証の先生方はそのあたりを進言されているとは思いますが、なかなか反映しないのでしょう。「あさが来た」の時の時代考証の先生が、進言しても脚本家は聞かなくてねぇと嘆いておられるのを講演会でうかがったことがあります。

 写真は京都の神泉苑の近く、来迎寺の境内にある新門辰五郎の部下の供養碑です。

 新門辰五郎は江戸の侠客ですが、慶喜に付いて京にやってきて、警護役を仰せつかったとか。供養碑は辰五郎が連れてきた配下の者が京で亡くなり、その供養碑と伝わります。

 こちらは二条城前の福井藩邸跡碑です。

 国際ホテル前に橋本佐内寓居跡碑もあったのですが、先日、行ってみると、ホテルが建て替え中なのか、これらの石碑が見当たらず・・・。ホテルが再建されれば、もう一度、再設置してほしいものです。

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