ザ・戊辰研マガジン

Vol.5

コーヒーブレイク「種々の小さな話」

2018年03月03日 22:04 by kohkawa3

その一 好事魔多し

 その日が暑かったか寒かったか、季節がいつなのかも覚えていない。しかし、一瞬の出来事を繰り返し再生しているうちに、いつしか、イメージが頭にこびりついてしまった。
 山手線の電車の中のことである。満員というほどでもないが、すき間なくつり革につかまる人がいて、通路の部分にも人が立っていた。しかし、入口付近は1メートル四方、人のいない空間があった。足元に誰が残したか嘔吐物が広がっている。
 電車がとある駅に入線し、ドアーが開く。乗り降りする人は嘔吐物を避けながら出入りしている。
 間もなく出発を知らせるアナウンスがあり、ドアを閉める合図のメロディーが流れた。
 その時である。電車の入口付近にあった階段を猛ダッシュで駆け上がってきた青年がいた。背広にネクタイのサラリーマン風である。階段を駆け上がりながら、「おっ、あそこ空いてる」と思ったにちがいない。例の空間に飛び込んできた。
 車内の人々は一瞬息をのんだ。青年は嘔吐物の中央付近に第一歩を踏み込んだ。「やった、まにあった。」その瞬間、踏み込んだ足はそのまま流れ、かばおうとした足も間に合わず、勢いよく尻もちをついた。
 青年が車内に入ってから以降のイメージは、なぜかスローモーションで残っている。
 ため息だけが残った。青年がその後どうしたかは、分からない。あまりに気の毒で、見ていられなかったのだろうと思う。
 好事魔多しという言葉を思い出した。


その二 ”かんち”のこと

 中学校の同級生に"かんち"というあだ名の男がいた。かんちと俺は卓球部に籍を置いていた。はじめのうちは試合をすれば勝ったり負けたりの好敵手であった。しかし、2年生の終わり頃から、俺はかんちに勝てなくなった。3年生になり、実力通り、かんちが卓球部の部長、俺は副部長になった。
 かんちはさらに腕を上げ、3年夏の県卓球大会でベスト8まで進み、県内の有名私立高校にスポーツ特待生で入学した。俺はといえば、もう一つ勝てば県大会出場という郡の大会2回戦で負け、会場の体育館の床に正座させられ、顧問に頭をこづかれたのだった。
 地元の県立高校に進んだ俺は、さ細な行き違いから卓球部に入らず、山岳部に入った。部活は違うが、高校でのかんちの活躍は時折耳に入ってきた。
 高校2年のはじめ頃、かんちが同級生を妊娠させ、有名私立高校を退学になったというニュースが飛び込んできた。白樺派に心酔していた俺には、衝撃的なニュースだった。それ以来、かんちの噂は聞かなくなった。
 かんちと再開したのは、妊娠事件から35年もたった50歳の時、同窓会の二次会で繰り出した「かんちゃん」という居酒屋だった。かんちが経営する「かんちゃん」は殺風景だったが、煮魚のうまい落ち着いた店だった。
 カウンターから出てきてとなりに座ったかんちは、何で高校で卓球をやらなかったのか、と聞いてきた。それに俺が何と答えたか思い出せないが、その時、かんちはあの事件からあとの事をポツリポツリと語ってくれた。
 高校を退学になったかんちは、それでもどうしても卓球がやりたい。自分の力を試したいという思いが捨てきれず、大検を受けて、当時大学卓球界の頂点にあった都内の有名私立大学に入学、卓球部の門を叩いた。
 しかし、現実は厳しかった。全国から集まってくる国内トップレベルの連中にはとても歯が立たなかったそうだ。卓球で初めての、そして最後の挫折を味わったのだ。
 卓球をあきらめたかんちは、大学を卒業して旅行代理店に勤めた。添乗員の仕事で海外を飛び回ったが、フランスが気に入って、しばらくフランスで日本人相手のガイドをやっていたという。ハンサムで女好きなかんちの性にあっていたのだろう。楽しそうに話していた。
 その後、日本に戻り、勤め人をしていたようだが、連れ合いを病気でなくし、入った保険金を元手に、40代後半からこの商売をやっているという。
 それからは、同窓会があれば二次会は「かんちゃん」というパターンで何度か顔を出していた。
 数年前、昔の仲間数人と飲んでいる時に、かんちが死んだと聞いた。金銭トラブルによる殺人事件に巻き込まれ、刺されたらしい。詳しいことは分からない。
 かんちは、波乱万丈の人生を、太く短かく生きたのかも知れない。最後は不本意だったかもしれないが、細く長く生きることになりそうな俺からみると、ちょっとまぶしくも見える。


その三 怖い夢

 子供の頃、繰り返し見た怖い夢がある。仰向けに寝ている自分の上に、天井が落ちてくる夢である。天井がどんな様子だったか、色や形もはっきりしない。周囲には壁もなく闇があっただけのような気がする。金縛りにあって、逃げることもできない。天井だけが徐々に加速して落ちてくる。
 夜中にワアワア泣きながら母に揺り起こされたのは、この夢とふくらはぎのこむらがえりであった。この夢は小学校低学年の頃何度も見たような気がする。
 最近見る怖い夢は、立ち小便の夢である。以前は、夜寝ている間に尿意を催すと、そんな夢と共に目が覚め、トイレに立った。ここ数年は、夢の中で尿意を催すと、見晴らしのいい原っぱで立ち小便をしてから目が覚める。はっとして、ふとんをまさぐり無事だとわかる。
 歳をとってブレーキを踏むのが遅れるようになるのと一緒だろうか。
 小学校にあがる前だと思うが、夢の中でお花畑の広がる原っぱで駆け回って遊んでいる。おしっこおしっこ「ああいい気持ち」と思うとふとんの中だった。目覚めと共にふともものあたりにじわーと暖かいものが広がる。「気持ちいい」と「どうしよう」という思いが交錯する複雑な心持ちだった。
 最近、立ち小便の夢と共に、幼い頃のあの感触が再びよみがえるのではないかという恐怖におびえている。その時こそ、本当に老いを自覚する時と覚悟している。
 今のところ、きわどいところで踏みとどまっている。
  (大川 和良)

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