バックナンバー(もっと見る)

2020年07月号 vol.33

笹竹は古くから厄よけの力を持つ聖なる植物とされていました。江戸時代に願いご...

2020年06月号 vol.32

152年前の5月に奥羽列藩同盟が結成され、仙台藩をはじめ同盟軍がこぞって白...

2020年05月号 vol.31

2020年は会津藩が下北半島に流転棄民されてから150年を迎える、下北半島...

ザ・戊辰研マガジン

2020年1月号 vol.27

七草の日

2020年01月06日 23:29 by norippe

 正月の7日の朝、「七草がゆ」を食べる習慣は今でも続いている。
 七草がゆを食べると、その1年間は病気にならないと言われ、日本では江戸時代からこの習慣が続いている。もともと中国で毎年、官吏昇進を1月7日に決めることから、その朝に薬草である若草を食べて立身出世を願ったのが起源といわれている。この行事が日本に伝わると、平安時代には宮廷の儀式として七草がゆを食べるようになり、江戸時代には「五節供」のひとつである「七草の節供」に定められたのである。五節供とは1月7日の「七草の節供」、3月3日の「桃の節供」、5月5日の「菖蒲の節供」、7月7日の「七夕祭り」、9月9日の「菊の節供」の五節供をいい、江戸幕府が定めた式日である。
 七草がゆに入れる若草は、時代や地域によって若干異なるが、現在では、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七草が一般的だ。
 この春の七草は、私が小学校の時に暗記させられたもので、小さいときに暗記したものは、歳老いても忘れる事は無い。今朝、食べたものを忘れても、60年前に覚えたものを忘れないという、人間の脳はいったいどうなっているのだ。
 七草がゆが定着した背景には、信仰的な側面ばかりではなく、正月のご馳走で疲れた胃腸を休め、青葉の不足する冬場の栄養補給をするという、実利的な効用もあったと思われる。よほど田舎に住まないと、この七草を揃えることは難しいが、今はスーパーなどでこの七草をパックに摘めて売っていることが多く、手軽に七草の習慣を味わうことが出来るようになっている。



 ちなみに、秋にも七草がある。
 秋の七草は、クズ、ハギ、ススキ、ナデシコ、オミナエシ、キキョウ、カルカヤと言ったもので、これも暗記させられたので、辞書を引かずして言うことが出来る。
秋の七草は春と違って、どう見ても食べれるものではなさそうだ。そう、秋の七草は食べるものではなく、その美しさを鑑賞して楽しむものなのだ。また、薬用として実用的な草花として昔の日本人に親しまれている草花なのである。

 令和2年1月7日、ザ・戊辰研マガジンの発刊日であるが、七草がゆを食べる日でもある。江戸時代から伝わるしきたりに思いを馳せ、七草がゆを食べながら、このマガジンを読んだらいかがなものか。

 正月といったら、子供たちにとって一番楽しみなのは「お年玉」
 子供に限らず、大人にとってもお年玉がもらえれば嬉しいものであるが、まずもらうことはなく、あげるのはほとんどである。
 私は子供の頃にもらうお年玉は大体が百円札だった。長いヒゲを生やした板垣退助の肖像画が描かれた百円札だ。近所のお金持ちのお坊ちゃまは岩倉具視が描かれた五百円札を持っていた。クソくらえと思った。もらったお年玉で何を買うかというと、近くの駄菓子屋に行ってお菓子を買うかクジを引く。小さな袋に甘納豆が入ったクジで、当たると大きな袋に入った甘納豆がもらえる。10円で一回引けるのだが、ほとんど当たったことがない。それから、引っ張り飴というのがあった。束ねた凧糸の先には大小さまざまな円錐状の飴がついていて、その凧糸を引くのだが運がいいと大きな飴を引く事ができる。引いた飴は凧糸が付いたまま口にほおばるのだが、ほっぺたの膨らみ具合で飴の大きさがわかり、ほっぺたが大きく膨れた奴は羨ましがられたものだ。

 その「お年玉」であるが、もともとは年神様からの贈り物を意味していた。年神様に供えた餅を神棚から下ろし、子供達に分け与えたのが始まりと言われている。年神様に扮装した村人が、元旦に各家をまわって、こどもたちに丸餅を配って歩く習わしがあった。今でもその習わしが続く地域があるという。この丸餅を年玉と呼んでいたのだ。今は万単位のお金がお年玉としてもらえる子供が多く、この丸餅を与えたとしても、そっぽを向かれること間違いないだろう。

 正月元日くらいはのんびり過ごしたいものであるが、読者の皆さんはどうだっただろうか。
 昔は家の軒先には日の丸の旗を掲げ、商店も休みになって静かな元日であった。それは昭和の中頃までであった。しかし1970年代にコンビニエンスストアーの年中無休営業が始まり、そのあと追従するがごとくスーパーやデパート、外食産業までもが元日営業に乗りだした。
 近年、元日営業を自粛する動きが出て、スーパーや外食分野でも元日営業を取りやめる企業が増え、大手コンビニエンスストアーでも実験的に元日を休む店も出てきた。これには人手不足や働き方改革といった影響があるようだ。
 昔は初売りといったら1月2日だった。スーパーなどは、それを先駆け売上増を確保のためか元日にも営業するようになってしまった。元日くらい皆で休めばいいのにと思う。家族団らんゆっくり休み、2日から頑張って営業すればいいのだ。
 今年の元日はどうだったのか。この記事を書いているのは昨年の暮れ。元日をゆっくり休むため、私は忙しいさなか記事を書いている。そして元日はのんびり酒を飲む。そういった一日もあっていいと思う。

 酒といえば元日には「おとそ」を飲むが、そもそも「おとそ」って何?
 調べてみたら「おとそ」は「お屠蘇」と書き、もともと中国の唐時代から飲まれるようになった薬種の一種であった。屠蘇には「悪鬼を屠り、死者を蘇らせる」という意味があり、中国では漢方薬を大晦日に井戸の中につるし、元旦に引き上げて酒に浸して作ったという。そして「邪気を払い、不老長寿になれる」薬種として、新年になると年少者から順番に飲んだということである。日本には平安時代に伝わり、宮中の元旦の儀式として取り入れられ、庶民の間でも正月の朝に「おとそ」として飲むようになったのである。私のように、正月にガブガブ飲む酒は「おとそ」とは言わない。

(記者:関根)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2020年07月号 vol.33

笹竹は古くから厄よけの力を持つ聖なる植物とされていました。江戸時代に願いご...

2020年06月号 vol.32

152年前の5月に奥羽列藩同盟が結成され、仙台藩をはじめ同盟軍がこぞって白...

2020年05月号 vol.31

2020年は会津藩が下北半島に流転棄民されてから150年を迎える、下北半島...