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【史跡を巡る小さな旅・十】麻布十番

2024年01月05日 01:10 by tange
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 城の南に、江戸の時より続く街、麻布十番が在る。古川(ふるかわ)に架かる一之橋から二之橋までに広がる街である。
 麻布十番の地名は、延宝3年(1675)に幕府が救済事業として古川の改修工事を実施した際、この付近が十番工区だったことに由来する。後年ここで、工事の際に打たれた十番工区を示す木杭も見つかっている。

 安政六年(1859)・須原屋板御江戸絵図によれば、ここは保科弾正忠と松平山城守の上屋敷がほとんどを占め、少し外れて伊達陸奥守と松平肥後守の広大な下屋敷もあった。この辺りには、他にいくつかの大名屋敷があり、さらに初代米国公使館となる善福寺を初めとして寺院も多く並んでいた。それらのあいだに旗本屋敷や町家が建て込んでいて、周辺人口はかなり多かったと考えられる。従って麻布十番には、その絵図に表現されていないが、住民の生活を支える日常品を商う店や、彼らに潤いをもたらす飲食店などが沢山あったに違いない。
 江戸の大名屋敷は上・中・下屋敷と別れ、藩主が住んで公用にも使われる上・中屋敷では、藩士一同は気の休まることがなかった。一方、下屋敷とその周辺は、彼らの一番リラックスできるところだった。万治元年(1658)に下屋敷を拝領した会津藩でも、藩士たちは日常的に、この辺りで気を抜いていたのであろう。
 
 麻布十番に現在まで続く食べ物店の創業も古い。
 一力ずしの「塩田」は寛永17年(1640)の創業である。平成15年(2003)に惜しまれつつ閉店するが、ここで360年余りも商売を続けていた。
 「更科」は天明4年(1784)開業のそば屋で、その店名は、創業者の故郷である信濃国更級郡の「更」と庇護を受けた保科家の「科」から成っているという。つまり「更科」は、7歳から26歳まで信州高遠の保科家に身を寄せた会津藩祖・保科正之ともゆかりがあり、藩士たちには馴染みの店だったかもしれない。
 幕末、京都での勤めを解かれ、いまだ戦争の及んでいない江戸に居た高祖父・鈴木丹下も、そのような店で朋輩と一緒になって大いに盛り上がっていたと想像を膨らませば、この街が身近に思えてくるのだ。
  「更科」は、開業から5年後の寛政元年(1789)、三店に分かれ現在まで続いている。そのひとつ「永坂更科布屋太兵衛」の店脇に、街の成立の由来と経緯が刻まれた石碑を見つけた。碑文によると、江戸前期に付けられた麻布十番の町名も一旦途絶え、昭和37年(1962)に合併を伴う市街地の区画整理で復活した。
 豆源(豆菓子)・創業慶応元年(1865)、浪花屋(たい焼き)・同明治42年(1909)、紀文堂(和菓子)・同明治43年(1910)なども、この地に店を構えて110年から160年ほど経っているのだ。


「永坂更科布屋太兵衛」店脇に立つ麻布十番由緒の碑
 
 都心の港区にありながら麻布十番は、永いあいだ交通網に取り込まれず、「陸の孤島」などと呼ばれてきた。しかし、背後の元麻布、南麻布、西麻布など都内屈指の高級住宅街の住民に支えられ、独特な雰囲気を醸成しながら存続してきた。
 この街では、全国展開しているチェーン店があまり見られない。辛うじて例のハンバーガー屋はあるが、「え、これもマックなの?」と思わせるような装いだ。外観は黒を強調していて、看板も他所と比べて小さい。店内も黒と白を基調としたシックなデザインである。まるで、街の雰囲気に合わせて、アメリカンなイメージを封印しているようだ。


麻布十番商店街

 写真中央の小さな広場には、野口雨情の童謡「赤い靴」のモデル「きみちゃん」のかわいらしい像が立っている。それで、この広場の正式名称はパティオ十番なのだが「きみちゃん広場」と呼ばれる。六本のケヤキが新緑の葉をいっぱいに付けて枝を広げる頃、ビルに囲まれた石畳の広場が都会らしい初夏の風景を演出する。
 「陸の孤島」と呼ばれた街にも、平成12年(2000)に二本の地下鉄、南北線と大江戸線が相次いで開通した。今後、この街がどのように変貌するのかを見届けたい。

 その日私は、会津戊辰戦争時の主席家老・萱野権兵衛が謂われ無き朝敵という藩の罪をひとりで背負い処刑された保科家別邸跡の広尾公園から、麻布の山を越え、三田の会津藩下屋敷跡近くの麻布十番へ向かった。それは、先祖に思いを馳せる小さな旅となった。

鈴木丹下


 

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