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ザ・戊辰研マガジン

2020年08月号 vol.34

【幕末維新折々の記・八】輪王寺宮、東北へ

2020年08月05日 23:35 by tange

 慶応4年(明治元、戊辰、1868)5月15日、上野の山内に籠もった彰義隊が、新政府軍のアームストロング砲の攻撃になすすべもなく敗れ去り、5代将軍・徳川綱吉の寄進による江戸随一と言われた東叡山寛永寺の大伽藍も焼け落ちた。たった一日の上野戦争だった。
 時の寛永寺の貫主は、輪王寺宮公言法親王である。公言法親王は、伏見宮邦家親王の第九子で、幼くして仁孝天皇(第120代)の養子となった。つまり、孝明天皇(第121代)の弟宮で、明治天皇(第122代)の叔父宮ということになる。
輪王寺宮は、東叡山の山主であるとともに日光山、比叡山の山主も兼帯し、三山管領(さんざんかんりょう)の宮ともいわれ、当時、我が国宗教界の最上位にいた。
 同年3月7日、輪王寺宮は、駿府城へ赴き東征大総督・有栖川宮熾仁親王に面会し、徳川慶喜の助命と江戸攻撃の中止を嘆願するが一蹴された。このことが原因で上野戦争敗北後の宮は、大総督府を見限り、5月23日に品川沖で停泊していた榎本武揚の軍艦・長鯨丸に乗船し、東北へ向かう。この時、宮は21歳だった。

 この頃東北では、会津藩と庄内藩救済のため、奥羽越列藩同盟が5月3日に成立していた。仙台、米沢、会津などの諸藩は、その盟主として、輪王寺宮が最も相応しいと考えた。それは、幕府を開いた徳川家康が260年も前に構想していた「東武天皇」につながるものだった。
 特に会津藩主・松平容保は、その年の2月、鳥羽・伏見の戦いに敗れ会津への帰国に当たり、謝罪嘆願書を孝明天皇の宸翰の写しを添えて託すほど宮とは親しい間柄だったので、ひそかに藩士を江戸に送っていた。容保の命を受けた小野権之丞は、宮の側近に接触し、「奥羽へ向かうならまず会津へ来ていただきたい」と伝えたのだ。
 
 輪王寺宮一行は、5月28日、平潟に上陸した。平潟は、川越藩の飛び地で、現在の茨城県の北端に位置している。そこから泉、湯長谷を経て磐城平藩の城下に入った。
 磐城平から一行の進む道として二つ考えられた。一つは「そのまま常磐道を北上して仙台に至る」で、他は「現在のJR磐越東線に沿った道を行き会津を目指す」だった。輪王寺宮は、会津を目指すことを決断し、険しい山道を行き、6月1日に三春へ着く。
 宮が会津を選んだのは、諸事情が絡んでいたと考えられるが、容保の厚い気持ちに応えようとしたことが一番だったに違いない。それとは別に、小野権之丞の陰での働きがあったかもしれない。

 6月6日、会津若松に到着した宮は、藩を挙げての歓迎を受け、しばらく逗留する。その後、奥羽越列藩同盟の盟主となるべく、6月18日に会津を立ち米沢へ向かい、さらに白石、仙台を巡った。
 奥羽越列藩同盟軍事総裁であった輪王寺宮は、9月18日に新政府軍に降伏し、10月12日、藤堂藩兵に護衛され仙台から京都へ向かう。翌2年9月まで京都で謹慎の後、還俗され北白川宮能久親王と称された。
 明治元年6月18日から10月12日までの宮の動向については、「小野権之丞日記」に残されている。(当誌2019年10月号拙稿【先祖たちの戊辰戦争・十】米沢、白石、仙台

 大正15年(1926)、東京の明治神宮外苑に聖徳記念絵画館が完成する。明治天皇の生涯の事績を描いた絵画を展示する巨大な建造物である。
 天皇が臨席された重要な会議や視察の様子を伝える数々の絵の中、その傍らには北白川宮が寄り添っている。叔父で年齢も4歳違いと近かった宮に対して、天皇は信頼感や親近間を強く抱いていたのではないか。その思いが、展示された絵画から伝わってくるようだ。
 北白川宮は、明治28年(1895)11月、台湾征討の陣中にて薨去。国葬に付される。享年48。宮は、明治天皇の良き相談者として、人生の後半を全うした。



 写真は、輪王寺宮が平潟上陸の翌日、5月29日に宿泊した磐城平城下の飯野八幡社神職・飯野磯之進宅の門前に立つ碑である。「明治戊辰 五月廿九日 北白川宮能久親王御遺蹟」と刻まれているが、「輪王寺宮」の文字はどこにも無い。
 この石碑は昭和12年(1937)に立てられたが、その時までも奥羽越列藩同盟は朝敵という扱いで、その盟主であった輪王寺宮の名は遠慮したということか――。
(鈴木 晋)


次号、「神戸事件」

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