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ザ・戊辰研マガジン

2023年春季号 第1号

源平合戦ゆかりの地巡り その四 宇治③

2023年02月14日 17:13 by katsukaisyu
2023年02月14日 17:13 by katsukaisyu

源平合戦ゆかりの地巡り その四 宇治③

 平等院と宇治川  

 平家を京から追い出した源義仲でしたが、後白河法皇と折り合いがつかず、義仲追討の院宣が下されました。それに呼応したのが、義仲の従弟で、伊豆に居た源頼朝でした。頼朝は弟たちを京へ向かわせました。本隊の範頼軍は琵琶湖の口に当たる瀬戸の唐橋を攻め、別動隊の義経軍は宇治川から京を攻めました。

 2度目の宇治川の戦いは、この義経軍と義仲軍の間で起こりました。佐々木高綱と梶原景季による、有名な宇治川の先陣争いはこの時です。宇治川は水量が多く、流れも急なので、騎乗で渡るのは、さぞや苦労したことと思います。  宇治川を渡った義経軍は京へ入り、追い出された義仲は大津付近で討ち死にすることになりました。

 3度目の宇治川の戦いは、承久の乱の際に起こりました。宇治川を渡って京へ入ろうとした鎌倉幕府軍は宇治川をはさんで、後鳥羽上皇、順徳上皇の命を受けた官軍相手に戦いました。幕末時の官軍は、明治帝が15歳ということもあり、少々怪しい官軍ですが、この承久の乱時は、間違いなく、正真正銘の官軍です。「鎌倉殿の13人」では、この時の宇治川合戦の様子をドラマ化してくれました。

 幕府軍の大将、北条泰時は平等院に入っていました。承久の乱での坂東武者たちは、官軍に打ち勝ったのだから、たいしたものです。ただ、おかげで後鳥羽上皇にその首を狙われた北条義時の方は、その後の日本史から抹消されたように思います。

 宇治川の中州に宇治川の先陣争いの跡碑が建てられています。  ここからは2024年の大河ドラマ、「ひかる君へ」に関わります。平等院は紫式部の雇い主、藤原道長の別荘で、道長の死後、極楽浄土にあこがれた息子の頼道が寺にしました。

  鳳凰堂です。この写真を見ると思い出すのは、もちろん10円玉でしょう。造幣局の技官の方によると、他のコインと比べて、線が細かいので、この平等院の版を刻むのが一番大変なのだとか。もう一つ、お金に関わるのが鳳凰堂の屋根の上に乗っかっている鳳凰です。何円でしょう?はい、1万円札の裏側の図ですね。

  平等院には資料館があり、かつては屋根に乗っかっていた鳳凰が展示されているので、目の当たりにすることができます。

 鳳凰堂に安置されているのが、定朝作の阿弥陀仏です。教科書にも載っているので、見られたこともあるでしょう。定朝は有名な仏師ですが、間違いなく彼の作品と言えるのは、この阿弥陀仏ぐらいだそうです。

   紅葉の頃の鳳凰度です。

 こちらは池で見かけたゴイサギ(五位鷺)です。置物ではなく、野生の鳥です。えらく、近くでたたずんでいました。五位鷺の名は「平家物語」に由来するとのことです。 #紫式部#大河ドラマ

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