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蚊帳の思い出

2022年07月06日 09:19 by norippe
2022年07月06日 09:19 by norippe

 昔はどこの家でも夏になると、窓を開けて玄関先に打ち水をして涼をとったものだ。
 夕方になると虫の鳴き声とともに、各家庭では蚊帳を吊り寝床の準備にとりかかる。もっとも、寝室がある家では蚊帳を吊ったままにしている事が多いが。
 蚊帳は、蚊や小さな虫の侵入を防ぐためのもので、麻などの目の粗い布を寝室の天井などから紐などを使って垂らして使われるもの。昔はどの家庭でもあったのだが、この半世紀でまだお目にかかったことがない。エアコンが普及し、家もサッシで密閉性が優れ蚊帳を吊る必要もなくなった。


蚊帳

 私が小さい頃、蚊帳が吊られるのが嬉しくて、蚊帳の中に敷かれた布団の上で飛び跳ねて喜んだものだ。不思議なもので、子供や猫は限られた狭い空間が好きなようで、自分だけの世界という感覚になるのかも知れない。
 我が家の蚊帳は深緑色をしていた。寝相が悪いせいか、蚊帳のすそが頭の下に入り込み、そしてヨダレを垂らして寝る。朝起きると家族が顔を見て笑うのだ。ヨダレで蚊帳の染料が顔に移り、ほっぺたから首あたりまで「ぶんず色」。ぶんず色とは福島の方言で紫色のことを言う。これが赤色だったら、さぞかし親も驚くことだろう。

 ところで、蚊帳は一体いつ頃から日本で使われるようになったのか調べてみると、紀元前6世紀の中東で始まり、中国を経由して奈良や近江などを中心に生産が始まり、そして日本独自の進化を遂げていったようだ。

 蚊帳は高級品として扱われ、貴族の間で愛された。
 蚊帳が日本の書物に初めて登場したのは、平安時代初期に編纂された『播磨国風土記』。大和朝廷の応神天皇 (西暦270年~310年) が播磨 (現在の兵庫県姫路市あたり) を巡った際に、賀野の里 (かやのさと) で蚊帳を張ったという記録が残っている。
 奈良時代になると、蚊帳の技術者が中国から渡来するようになり、絹や麻などを使った「奈良蚊帳」が作られた。当時、絹や麻は高級品で、これらを贅沢に使用した蚊帳は貴族ら上流階級のみが持てる贅沢品だったのだ。
 さらに平安時代には、貴族の寝所に御帳台が使われるようになり、蚊帳などの布で囲われた中で眠りにつくようになっていった。この時代、宮廷建築や神社仏閣などの内装として織物が使われることも多く、さまざまな織り方の布が作られた。
 蚊帳が高級品であることは室町時代に麻で織られた「八幡蚊帳」「近江蚊帳」が流通するようになってからも変わらず、麻の蚊帳は米2〜3石分に相当した。武士やその姫君に限られ、大名間の贈答品として使われていたという記録もある。
 一方で当時の庶民の間では、蚊除けには風通しのあまり良くない和紙などを用いることが一般的であったという。

江戸時代になると、近江八幡の蚊帳の業者が互助会のような組織を作ったことで蚊帳が手に入れやすくなり、庶民の間にも徐々に麻の蚊帳が普及していった。
嫁入り前に蚊帳の新調を行う「蚊帳の祝儀」も各地で広まり、歌舞伎、落語、俳句などに蚊帳が登場する場面も増え、江戸時代の庶民の暮らしに蚊帳が溶け込んでいったことが伺い知れる。

 明治時代になると、海外から紡績糸の綿糸が入ってくるようになり、木綿素材の蚊帳が登場する。木綿は麻よりも値段が安いだけでなく、比較的通気性がよいことから、瞬く間に広まった。両麻、片麻など、麻と木綿の混織の蚊帳も登場し、それぞれの家庭に合った蚊帳が選べるようになったこと、機械の導入により大量生産が可能になったことなどから、蚊帳は広く人々に愛される日本の夏の風物詩となっていった。
 1970年代初め頃まで蚊帳の生産は拡大し、日本のほとんどの家庭にある道具となっていくが、エアコンや扇風機の普及により、蚊帳は徐々に姿を消していくこととなる。

 しかし、蚊帳はエアコンや扇風機のように電気を使わず、殺虫剤のような化学薬品も使わない。体にも環境にもやさしい道具として、素材や形を変え、再び注目を集めている。防虫としての役割だけでなく、空間を演出するアイテムとして用いられる場面も増えている。

 昔ながらの寝床を覆うもの、ベッド周りに吊るすもの、ワイヤーなどを使った開閉できるもの、カラフルなものなど、デザインも色も豊富になった。
 また、蚊帳の素材は丈夫で吸水性も良いことから、自動車シート用難燃補強基布、洋服の生地など、私たちの生活にさりげなく溶け込んでいる。さらに、海外ではマラリア予防のために蚊帳が使われるなど、海を越えて活用される事例も出てきている。


 昔から日本人は、自然とうまく付き合いつつ、夏の暑さ・冬の寒さなどを凌ぐためのさまざまな道具を作り出してきた。季節毎の必需品が四季折々の風物詩ともなった。蚊帳もそのような道具のひとつであり、夏の季語として知られ、短歌や俳句などに数多く用いられている。

「むら雨や ほろ蚊帳の子に 風とどく」(小林一茶)

 小林一茶は妻・きくとの間に3男1女をもうけるも、皆2歳を迎える前に相次いで亡くなっている。そんな一茶の、子を愛おしむ眼差しを感じさせるような夏の句。

「蚊帳のなかに 放ちし蛍 夕されば おのれ光りて 飛びそめにけり」(斎藤茂吉)

 蚊帳の中に蛍を放し、夕方になって自ら光って飛び始めたという夏の朧夜を繊細に映し出した名歌である。

「かや吊った 夜はめづらしく 子が遊び」

 ジブリ「となりのトトロ」での1シーンにあるように、江戸川柳の中にも子どもが、蚊帳が吊られたことで興奮してはしゃいでいる様子が描かれている。


蚊帳と幽霊

 最後に、昔の時代劇映画などでよくみられる出し物で、蚊帳の中に幽霊がドロドロドロ~ン(空飛ぶドローンではない)と現れるシーンがある。子供の頃はこのイメージが頭から離れず、ひとりで蚊帳の中に入るのが嫌だった。夏といえば幽霊。涼を取るための幽霊ではあるが、子供にとっては涼を通り越して、凍り付く蚊帳の思い出もある。

 今年の夏は電力不足が予想され、国も省エネを盛んに訴えている。電気を使わず涼を取れる道具として、今再び見直されつつある蚊帳。使う価値は十分にあるのではないだろうか。


参考文献:工芸百科事典


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