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鳴門市ドイツ館 松江豊壽 生誕150周年記念企画展 !

2022年05月27日 16:35 by minnycat

 

鳴門市ドイツ館で、「松江豊壽 生誕150周年記念企画展」が開催されています。

■日時■ 2022年4月26日(火)~6月26日(日) 営業時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)

■場所■ 鳴門市ドイツ館2階企画展示室

■入館料■ 大人400円 小・中学生100円

■お問い合わせ■ 鳴門市ドイツ館 TEL:088-679-9110

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 松江豊壽とは、、

 第一次世界大戦中に板東俘虜収容所所長を務め、在任中にドイツ人俘虜を人道的に扱い地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた。この時、ドイツ人俘虜によって日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が演奏された。映画『バルトの楽園』の主人公としても知られる。

 1872年、会津若松市で会津藩士、警察官・松江久平の長男として生まれる。22歳で陸軍歩兵少尉に任官。日清戦争・日露戦争に出征 する。 第一次世界大戦が勃発。青島の戦いで日本軍に降伏したドイツ軍俘虜は、徳島や 大阪など全国12ヶ所の収容所へ振り分けられた。それと同時に松江は同年12月徳 島俘虜収容所長に任命される。

 1917年には12ヶ所の収容所が板東など6ヶ所にま とめられ、同年4月に板東俘虜収容所長となる。ここにおいて松江はドイツ人の 俘虜達に人道に基づいた待遇で彼らに接し、可能な限り自由な様々な活動を許し た。賊軍としての悲哀を味わった会津藩士の子弟に生まれた体験が、大きく彼の 良心的な人格形成に影響したといわれる。また、付近の人達と俘虜との交流や技術指導も盛んに行われ養鶏・養豚・野菜栽培から建築・設計まで広い分野で交流が行われたと言う。

 1920年4月、第一次大戦終了に伴い板東俘虜収容所は閉鎖された。だが、俘虜たちは解放された後もここで受けた温かい扱いを忘れず「世界のどこに松江のような(素晴しい)俘虜収容所長がいただろうか」と語るほどだったと言う。

 1922年2月、陸軍少将に進級すると同時に待命となり、予備役に編入された松江は、同年12月に第9代若松市長となる。若松市長を退任後、三六倶楽部常務理事を務めた。稚松会評議員。

 1956年5月に東京都狛江市の自宅で死去。

板東俘虜収容所でのベートーヴェン交響曲第9番初演から100周年となる2018年6月に、鳴門市ドイツ館前に松江の銅像が建立された。 

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