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ザ・戊辰研マガジン

2022年05月号 vol.55

みちこの幕末徒然、世良修蔵

2022年05月02日 16:56 by minnycat

 2008年12月に戊辰研の集会で、 奥羽越列藩同盟が締結された宮城県・白石に行きました。

 山頂に少し積雪のある蔵王が見え、紅葉が真っ盛りで、ゆっくりと市内を散策しました。 武家屋敷や、戊辰戦争140周年の展示をしている壽丸(すまる)屋敷など、小さな町ながら充実していました。温麺(うーめん)という名物もあり、見るもの・食べるもの、楽しんだ白石でした。さて、その白石で有名な幕末の事件です。

 訪れた宮城県・白石には、長州藩士・世良修蔵の墓がありました。 会津藩征伐に派遣された奥羽鎮撫総督府下参謀の世良。

 「奥羽を皆敵と見て、武力をもって一挙に討伐せよ」という密書を仙台藩が入手し、暗殺されかかりました。逃げようとした時、ニ階にいたので飛び降りたのですが、運悪く、石灯籠に頭をぶつけてしまいました。 地元の方にお伺いしたところによりますと、捕縛はされたものの頭は破損した状態で、瀕死の重傷だったそうです。 どうせ助かりはしないと誰もが思う中、阿武隈川河原で斬首されました。

 鳥羽伏見戦において、世良は別働隊を率いて転戦しました。 戦闘能力には長けた人だったようですが、年若い世良には東北諸藩との折衝担当としては力不足で、新政府軍と奥羽越列藩同盟軍との交渉は行き詰まり、戦争を回避することができませんでした。 

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