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ザ・戊辰研マガジン

2021年12月号 vol.50

「ザ・戊辰研マガジン」創刊50号に寄せて

2021年11月25日 10:50 by tetsuo-kanome
2021年11月25日 10:50 by tetsuo-kanome

 この度は、「ザ・戊辰研マガジン」創刊第50号、誠におめでとうございます。私は「ザ・戊辰研マガジン」の第17号から各種記事を投稿させて頂いております。改めて、私が戊辰戦争研究会に入会しましたきっかけについてお伝えしたいと思います。

 2015年5月23日に会津若松市で開催されました「第34回全国城下町シンポジウム會津大会」のパネルディスカッション「会津と長州から考える日本人の魂(こころ)」にパネリストとして参加されました星亮一先生のお話を、私はどうしても聞きたくて、単身赴任しておりました福島市から会津若松市へ向かい、参加しました。この時、初めて星亮一先生のお話を拝聴しました。

【「全国城下町シンポジウム會津大会」】

【福島県の地元新聞の記事】

 パネルディスカッションの会場に星亮一先生が到着された際に、星先生の著書「偽りの明治維新」にサインを頂戴しました。

【「偽りの明治維新」】

 パネルディカッションでは、福島県立博物館の館長の赤坂氏がコーディネーターを務め、パネリストは、会津代表として星亮一先生と長州代表として松陰神社宝物殿至誠館の上席学芸員の島元貴氏が出席されました。このお二人のやりとりがとても面白く、興味津々にお二人のお話を拝聴して、あっという間に終わってしまったと記憶しております。コーディネーターの赤坂氏が、最後に語られたことがとても心に残りました。『こうした場をつくれたことは よかった。負け組となった会津の知識人は、よその地で日本の近代を支え、大きな働きをしました。痛みを知るがゆえに』 との言葉は、赤坂氏が東日本大震災復興構想会議委員を務め、現在も復興に心を砕いていてくださっている心情からの発言だったと思います。

 このパネルディスカッションを機に、私は『戊辰戦争研究会』に入会させて頂きました。事務局の高橋美智子さんとは、これよりだいぶ前にmixiを通じて知り合いとなっており、「戊辰戦争研究会」の存在は存じておりました。私の若い頃は、正直、会津の歴史にそれほど興味がありませんでした。年齢を重ねると共に、自分の体にも会津の血が流れていることをじわりじわりと感じてきて、星亮一先生の会津藩や戊辰戦争の著書をたくさん拝読し、会津藩や戊辰戦争の遺構や戦場を巡り、すっかり会津の血が濃くなり、会津が大好きになりました。これまで、「ザ・戊辰研マガジン」には、私が福島勤務5年半の間に、何度か会津を訪問し、戊辰戦争の戦場や白虎隊が戦った戦場を訪ね、写真や歴史を投稿して参りました。しかし、私が4年前に東京勤務になって以来、新型コロナウィルス蔓延の影響もあり、福島県や会津を訪問する機会もすっかり減ってしまい、最近は、投稿するネタが不足しており、ここのところ、ネタ探しに四苦八苦しておりました。前号は、亡き母のお墓参りのために、一年ぶりに会津若松市を訪問しましたので、短時間でしたが、会津若松市内の数々の会津藩の遺構を巡り、紹介させて頂きました。

 ここで、これまで私は戊辰戦争研究会の会合にも出席した際の集合写真を紹介します。

【戊辰戦争研究会の会合の集合写真】

 私は、会津藩と戊辰戦争について、まだ眠っている真実が必ずあると思っております。そんな記事を投稿できればと思っております。

【記者 鹿目 哲生】

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