バックナンバー(もっと見る)

2022年1月号 vol.51

新年明けましておめでとうございます。 旧年中は戊辰研マガジンのご愛読を誠に...

2021年12月号 vol.50

開国以来、薩摩藩と長州藩の攘夷運動が活発化しました。しかし、薩英戦争や下関...

2021年11月号 vol.49

土方歳三を描いた「燃えよ剣」が映画として登場しました。  剣の達人であった...

ザ・戊辰研マガジン

2021年08月号 vol.46

みちこの幕末つれづれ

2021年07月28日 16:57 by minnycat

 日本経済新聞・日曜版の「日記をのぞく」コーナーに、 タウンゼント・ハリスの「日本滞在記」が連載されていました。

 米国人・ハリスが、長い船旅を経て日本に着いたのは、今から150年前だった。 貿易を通じて日本を国際舞台にデビューさせた功労者。 だが、先に来日したペリーほど有名ではない。 エリート軍人のペリーと違って、ニューヨークの貧しい家に生まれ、中学 を出ただけで働きながら学んだ。貿易商になり、各国を巡り歩き、商売 が傾き、大統領に陳情して、この大役を任された。 ペリーとは日米和親条約を、このハリスとは通商条約を結ぶことになる。

 74歳の生涯を独身で通し、読書家で教養人、きまじめで優しかった。この「日本滞在記」には随所に鋭い観察眼が光り、案外ユーモラスだ。 日本上陸を目前にした日記には、自らを日本における「文明国からの 最初の公認された代理人となるであろう」と高々と宣言している。「日本は狭少なので、三港 以上はひらかないことに決めたぁ~」という駄々っ子のような 幕府を口説き落とし、日本側が気を緩めた隙に江戸などの開市を 要求、、、帰国後は公職を退き、ニューヨークの質素な下宿で、 謙虚な生活を送ったとあります。 実直な人物だったのですね。 いよいよ、ハリスさんに好意を持ちました。 当時の日本は時がゆっくり流れていて、「イエスかノーか」という きっちりとした答えを求める欧米人には理解されなかったのです。

 しっかりとした日程を組んで行動するハリスさんにとって、交渉場所 に行っても、幕府役人は雑談ばかりして前になかなか進まない、 益々、ハリスさんは苦虫を噛み潰した顔になってしまったのでしょう。

関連記事

戊辰戦争研究会主宰 星亮一氏 急逝のお知らせ

2022年1月号 vol.51

追悼 星亮一先生

2022年1月号 vol.51

【幕末維新折々の記・二十五】日本銀行本店本館

2022年1月号 vol.51

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2022年1月号 vol.51

新年明けましておめでとうございます。 旧年中は戊辰研マガジンのご愛読を誠に...

2021年12月号 vol.50

開国以来、薩摩藩と長州藩の攘夷運動が活発化しました。しかし、薩英戦争や下関...

2021年11月号 vol.49

土方歳三を描いた「燃えよ剣」が映画として登場しました。  剣の達人であった...