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村上殿の日々つれづれ! その1

2021年04月04日 14:28 by murakamidono

 世の中が物騒です。こんな中、私は、せっせと、造花をしています。 いま、芙蓉(ふよう)を50もつくり、同時に、リンドウが咲く「リンドウ峠」を仕上げています。草は拾い物です。 「七つの子」の枝は、捨てられていた枝を沢山もらいました。「卯の花」と「ミカンの花」には、だいぶ時間を取られました。

 4月から、奈良県宇陀市で、造花販売をする計画です。背中に段ボール箱を担いで、花売りでもしようかと考えています。子供のころ、会津の「懐石お膳屋」が売りに来て、それを、学んだようです。

 なかなか厳しい世の中になってきました。 精神的に「快晴」ではありませんが、造花作成のワザは、確立したと思います。

 春から、造花の販売をする計画ですが、コロナ問題が落ち着いてから、見学に来てください。

 私は小学と中学の恩師に恵まれた。 小学恩師(6年間)から「人生は花である」と教わった。中学恩師は2人いる。その一人が恩師小田栄子先生である。村上城下町の北を門前川が流れ、そこを渡ると「山辺里(さべり)」という集落である。そこの小田家は200年前から、絹織物の家であるが、昭和40年ころ倒産。 昔、小田家に兄と弟がおり、小田先生は弟の末裔である。村上藩主は、代々、小田家で織ったハカマをはいた。小田先生は、お人形のような方である。ある冬の朝、風が強くて前方が良く見えない。3人の先生方が歩いていた。そのうちの一人が大場先生で、英語の先生である。この方が、のちに「明治学院大学の学長」になられた。小田先生は、山辺里の絹織物のお話を私に話してくださった。その後、私は「山辺里絹織物の歴史」を書き、ようやく校正が終わった。造花は小学恩師と酒井登巳子先生の影響が大きい。酒井先生も恩師のような方である。

 満足できる花ができた。工場製品は一切使用しいない。自宅は花だらけである。

 昭和50年ころから、人との競争教育が行われました。高校も、ひどいものでした。「仕事は作るもの」ですが、人との競争に埋没し、「故郷の文化」や「自分の技を磨く」は、ことごとく、無視されたように思います。女性徒も同じで、大量に東京あたりの都会に集まり、地方は少子化となりました。宇陀市は、年間出生が10名以下です。

 幕末の人口は3000万人で、日本には、大雑把に、6000万人程度の仕事しかありません。 コロナ問題が起こり、都会を中心とした産業は、私は、ほぼ終わるとみています。ちょうど百年前、関東大地震がありました。 予測されるのが大地震です。

 

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