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ザ・戊辰研マガジン

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【幕末維新折々の記・十三】鉄道開業と新橋停車場

2021年01月06日 11:59 by tange

 明治5年(1872)9月12日、新橋停車場で我が国の鉄道開業の記念式典が催され、その後、新橋から横浜までの29kmを明治天皇の御召し列車が往復した。政府要人など多数が随行した盛大な祝典で、当日の様子は複数の錦絵で今に伝えられている。これが日本鉄道史の始まりとなった。なおこの鉄道は、同年5月7日に品川、横浜間で仮開業していた。天皇は、第一回全国巡幸の帰路、7月12日に横浜から汽車で品川に着き、皇居へ環幸した。
 御召列車は英国製の蒸気機関車がけん引したが、その盛んに煙を吐いて進む光景を初めて目撃した群衆にとって、それは正に新しい時代を感じさせる瞬間だったに違いない。

 日本最初の鉄道は、蒸気機関車の煙に因って火災が発生するとの風評から、市街地を避けて海寄りを走らねばならなかった。そのため、全行程の3分の1に当たる10kmの鉄路が、湾沿いを埋め立てた地に敷設された。さらに新橋、横浜停車場も、現在のJR新橋駅と横浜駅の位置ではなく、湾岸近くに定められた。つまり、新橋停車場は汐留に、横浜停車場は桜木町にそれぞれ造られた。
 新橋停車場の位置は、徳川将軍家の濱御殿(現、浜離宮庭園)の北西で汐留橋近くにあった脇坂淡路守の上屋敷跡だった。
 江戸切絵図、尾張屋清七・嘉永3年(1850)板「芝愛宕下絵図」に、濱御殿西側の堀を挟み隣接して大名二家の屋敷が表現されている。上記の脇坂家から南へ、仙台・伊達陸奥守の上屋敷と会津・松平肥後守の中屋敷である。新橋停車場を出発し南へ進んだ列車は、両家の広大な敷地を通り、直ぐに湾岸沿いを目指すように計画された。そうすることで、旧江戸城下の武家屋敷、神社仏閣、町家などが込み入ったところを通らず、横浜へと向かえた。(国立公文書館蔵『新橋横浜間鉄道之図』)
 新体制発足後の短期間に鉄道開業という大事業が実現したのは、戊辰戦争で新政府軍に敵対したとして糾弾された仙台藩と会津藩が深く関わっていたのだ。特に会津藩は、鉄道開業からたった9年前、京都守護職を務めていた時、孝明天皇をお守りするため懸命に働き天皇から感謝と信頼を寄せる宸翰と御製を賜ったにもかかわらず、明治になって朝敵とされた。
 新しい為政者にとって、仙台と会津両藩の広大な土地を召し上げるなどは、いとも容易かった。
 戊辰戦争に勝利した薩長土肥、四藩の出身者が要路を占める明治新政府は、鉄道開業と朝敵の痕跡潰しを同時に果たしたのだ。会津藩の三か所の江戸屋敷は、同じ理由で全てが消え去った。(当誌2018年12月号拙稿『会津藩江戸屋敷』)

 我が国で初めて鉄道列車が出発した駅は、大正3年(1914)に貨物専用駅となり、汐留駅と名を変えた。そして、昭和61年(1986)にその役目も終える。
 近代日本が発展するなか、インフラとしての鉄道網が全国に広がり、その中央駅が必要になった。しかし汐留の位置は、上述した理由で東京湾の方へ片寄り、他の路線との整合が計れなかった。新橋停車場が貨物専用駅となった大正3年は、東京駅丸の内駅舎が完成し日本の中央駅が皇居正面に誕生した、正にその年だった。

 新橋停車場駅舎は、米国人R.P.プリジェンスの設計で、明治4年(1871)5月に着工し、同年12月に竣工する。それは、翌年の開業時から供用され、大正12年(1923)の関東大震災で焼失するまで使用された。
 昭和61年の廃止に伴い未使用地となった旧汐留駅跡地では大規模な再開発がおこなわれ、10棟を超える超高層ビルが建設された。その事業のなかで旧新橋停車場駅舎とホームの基礎が発掘され、それらと残されていた図面や写真などの史料に基づき、平成15年(2003)に旧駅舎が明治の姿でよみがえった。
 その2階に鉄道歴史展示室が設けられ、屋外には当時のホーム(全長152m)の駅舎寄り25mが復元された。さらに鉄道の起点であった「0哩(マイル)標」が当時と同じ位置に再現され、それを起点として、開業時と同じI型断面のレールが9mほど敷設されている。
 最新の建設技術による超高層ビルに囲まれ、150年前の最先端技術であった鉄道諸施設が残されていることに、違和感は全く無い。
(鈴木 晋)


新橋停車場(復元)


次号、「史料としての写真」

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