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大和の歴史 十津川郷士、その4(田中光顕と田中主馬蔵)

2020年11月26日 16:26 by tama1

 郷氏らは、京の天皇に熱い親近感を覚え、われらも祖先にならって天皇に尽くそうと、 話し合うようになりました。そして、ほどなく長沢を先頭に、一同京へ上って活動するこ とを誓い、互いに血書を交わしあった、といいます。 血判したのは、いつのことだったのか。残念ながら「十津川記事」は日時を記してなく、 代わりに同書は、郷士らが誓いのしるしに、記念の碑を立てたことを伝えています。

 石碑は郷士らの制約・決起の事実を後世に伝えるとともに、南朝に仕えた祖先の功績を も顕彰し、郷民の士気を高めるものにもしたいと計画、郷士ら相談の末、護良親王が十津 川彷徨中に詠んだ歌を刻むことに決めた、という。 碑は安政四年(1857)八月二十四日、長沢が十津川に住みついて三年半後に、郷内 「高滝村」の滝峠(十津川村小原)に建てられています。これは、幕末、天下に名をはせ た「勤王郷・十津川」のスタ-トを告げる記念碑でもあると言われています。

 記念碑の名称は「護良親王御詠之碑」 と呼ばれ、碑の表面には 護良親王御詠 琵琶乃音毛昔爾變江天物凄志 蘆迺瀬川迺瀬々迺迺水音 正二位陸奥出羽按察使前権中納言 源有長誌 と刻まれています。 十津川村教育委員会発行の「十津川巡り」 勝山毅著によると、 これは、琵琶の音も昔にかえて物凄し芦迺瀬川の瀬々の水音と読むそうです。

 揮毫者の前権中納言源有長とは、堂上方の綾小路有長のことで、長沢が友人の公家侍ら を通じて染筆を頼んだといいます。 注目されるのは、碑の背面で、ここには、建碑の趣意などのほかに建碑運動の裏方とし て奔走した九人の者の氏名が刻まれています。

 このブログのテーマである「幕末十津川 郷士の活動」における主人公たちなのです。

○千葉定之介平清宗

○玉置豊前平直休

○丸田藤左衛門藤孝賀

○吉田源五郎平正義

○前田雅樂菅利高

○中井主殿源義守

○上平主税藤長矩

○乾丘右衛門源宜章

○長沢俊平源義訓

 最後の長沢を除く八人はいずれも十津川郷士で、当時の郷の世論をリ-ドしています。 最年長の丸田藤左衛門は五十二歳、最年少十五歳の前田雅樂以外は全員二、三十歳代 の働き盛り。長沢に心酔して毎日かれの家に出入りし、尊王攘夷への情熱をたぎらせて いたのも、この「八人の侍」だったのだろう。 そしてまた、後年の京師での勤王活動もこの顔触れが主導することになります。

 次回に続きます。

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