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ザ・戊辰研マガジン

2020年11月号 vol.37

マスクは顔の一部になった

2020年11月06日 14:13 by norippe
2020年11月06日 14:13 by norippe

 マスクは今の生活には欠かせないアイテムとなってしまった。
外へ出かける時も、会社に出勤する時も、あたりまえのようにマスクを手に取り車に乗り込む。
街中をずっと見渡しても、マスクをしていない人の数はわずかだ。
マスクにもいろいろなマスクがありデザインもまちまち。
フェイスシールドといったものも現れ、何だか別世界を感じる。
手作りマスクもだいぶ増えて、マスクがファッション化しつつある。
そんな中、驚いたのは70代の年配の男性が付けていたフェイスシールドだ。
私が勤務する店に、その男性がやって来た。近くでよく見たら、そのフェイスシールドは手作りも手作り、2リッターのペットボトルを加工して作られた物だった。
ペットボトルの上の部分を切り取って、底の部分を残して残り半分を切り裂き、輪ゴムを取り付け耳に掛けていたのだ。
フェイスシールドともマスクとも言い難く、どちらかというとガスマスクのような形であった。奇抜なマスクであったが、マスク不足のさなかであったので、この男性に拍手を送らざるを得なかった。
そして何日かたったある日、今度は目出し帽をかぶった夫婦が入って来た。覆面レスラーのデストロイヤーのような覆面だった。デストロイヤーは目と鼻と口だけは出ていたが、この夫婦のは目だけしか出ていない。これも手作りらしい。そして私に話かけて来た。「ここにはこのような物は売っていないの?」と奥様が訪ねて来たので、「残念ながらこのような素晴らしいものは置いていないのです」と答えたら「そうでしょうね、これ、手作りですもの!」と自慢げに答えが返って来た。笑いをこらえるのに苦労した。



 私が働く職場では4月に会社から60枚入りの不織布マスクが1箱支給された。マスクがまったく手に入らない時であったが、接客を伴う仕事なので会社側も支給は不可欠のものと従業員に配ったのである。さらに9月にも1箱支給。9月はマスク不足も治まり、もらってもあまり有難味は感じられなかったが、もらえるものは素直に受け取る事にした。従業員の中には洗える冷感マスクをしている人も何人かいる。もちろんこれは自己負担だ。

 私の今の職場は、今年3月、コロナ騒ぎが始まった頃にオープンした某量販店である。
30人ほどが新規採用され、勤務初日は全員が初顔合わせ。
そして全員がマスク着用なのである。
それから半年以上も経つが、いまだにほとんどの人の素顔を見たことがない。
今のマスクは鼻も口もあごの下までも覆い隠す大きさなので、顔で見えるのは目と頭だけ。アベのマスクなら少し小さいから顔の形などはわかるが、アベのマスクを付けている人はいない。

 私は遅番で午後の出勤。夜の閉店までの勤務である。夜のスタッフは少ないため休憩時間は遅く、ひとりで休憩をするパターンがほとんどだ。
先日、休憩するのに休憩室に入ったら、女性が一人、お菓子を食べてコーヒーを飲んでいた。えっ、この人誰?「お疲れさま!」と声をかけ、返って来た返事の声を聞いてKさんだと分かった。普段は目だけしか見えていないので、本当の顔を見るのは初めてだった。マスクをしていると、自分が勝手に想像した顔のイメージを脳が描いてしまっている。
大体はいいイメージを想像してしまうものだが、実際の顔とのギャップには驚いてしまうものだ。

 3日程前、私を訪ねてお客様が来た。
私は一生懸命?仕事をしていたら、後ろから声を掛けられた。
「しばらくです!」
振り向いて顔をみた。
「Mです。ご無沙汰しています。」
マスクをしていたので誰だか分らなかったが、前の職場で事務をしていたMさんだった。
今年2月まで一緒に働いていたのだが、その時はコロナ騒ぎもなくマスクなどしていなかったので、マスク姿を見るのはこれが初めてだった。
マスクをしていると人の顔というのは本当にわからないものである。

 マスクをしていると髭が伸びるのが早い。自分の吐く息でマスクの中が暖かく蒸れた状態になり、髭も伸び易くなるのだろう。
以前、もやし工場を見学した事があったが、もやしを栽培する部屋は湿気でムンムン蒸れ蒸れ。って事はマスクの中でもやしが栽培出来るのではないか?と馬鹿な考えを抱くのである。

 馬鹿な話はまだ続く。
若い頃、道路に唾を吐くことがよくあった。
マスクをしているのを忘れて唾を吐いたことがあった。
自分の馬鹿さ加減にあきれ返った。

 ここからちょっと真面目な話
マスクは一体、いつ頃から使うようになったのか。
マスクは「道化者」「仮面」といった意味があるそうだ。
マスクが医療用として使られたのが19世紀の末、アメリカで開発された。
そして1910年、満州でペストが流行していた。招かれた内科医が空気感染の危険性を訴え、医療従事者や一般の市民が装着できるマスクを開発し広めようとしたのだ。従来のマスクよりも層を厚くし、さらに屋外でも着用できるようなフィット感のあるマスクが作られた。
そして1918年に世界的な流行を見せたスペイン風邪が機で、マスクの着用が一気に世界に広がるのである。
日本に最初にマスクが入ってきたのは明治の初期であると言われている。その時は医療用ではなく、粉じんを防ぐための作業用。金網の芯に布地をフィルターとして取り付けたもの。日本で、本格的に衛生用品としてマスクが使用される時期は、世界と同じ1918年(大正7年)。スペイン風邪の大流行がきっかけであった。

 では江戸時代にはマスクはなかったのか?
忍者や鞍馬天狗は顔の半分を布で覆い被せている。これはマスクの始まりではないのかと言う方もいるかも知れない。
これは医療用でも防塵用でもなく、ただ顔を隠しているだけである。



 最近は黒いマスクをしている女性をよく見かける。
白いマスクやカラフルなマスクがある中、なぜ黒なのか?
本人「くノ一」のつもりなのだろう。

 マスクが手に入らない時は、みんな苦労してなんとかマスクを手に入れようと躍起だったが、今はどこの店でも過剰なくらい在庫を持っている。
マスクをしていないお客様は入店をお断わりする店もあり、バスもタクシーも乗車拒否をする場面も見受けられる。
マスクが容易に手に入る今日、マスクをしないで店に入ったりバスやタクシーに乗ることは常識外れなのだ。だから、マスクは必ずしよう。
マスクはもう顔の一部なのだ。

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