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正倉院の世界~皇室がまもり伝えた美~

2020年05月23日 18:21 by tetsuo-kanome

【螺鈿紫檀五絃琵琶の裏側】

 

 令和元年。令和天皇陛下の御即位を記念し、正倉院宝物を中心とした飛鳥・奈良時代の国際色豊かな造形文化に焦点を当てた特別展「正倉院の世界~皇室がまもり伝えた美~」と題して、東京国立博物館で開催されました。正倉院宝物と法隆寺献納宝物という日本を代表する文化財が一堂に会する稀有な機会でした。皇室が守り伝えたかけがえのない日本の美、今後も受け継がれゆく悠久の美を私は堪能して参りました。

 今をさかのぼること1260年以上前の8世紀の中頃,奈良時代の天平勝宝八歳(756)6月21日,聖武天皇の七七忌の忌日にあたり,光明皇后は天皇の御冥福を祈念して,御遺愛品など六百数十点と薬物六十種を東大寺の本尊盧舎那仏(大仏)に奉献されました。皇后の奉献は前後五回におよび,その品々は同寺の正倉(現在の正倉院宝庫)に収蔵して,永く保存されることとなりました。これが正倉院宝物の起りです。そして,大仏開眼会をはじめ東大寺の重要な法会に用いられた仏具などの品々や,これより200年ばかり後の平安時代中頃の天暦4年(950)に,東大寺羂索院の倉庫から正倉に移された什器類などが加わり,光明皇后奉献の品々と併せて,厳重に保管されることとなったのです。 この正倉院宝庫は,千有余年の間,朝廷の監督の下に東大寺によって管理されてきましたが,明治8年(1875),宝物の重要性にかんがみ内務省の管轄となり,次いで農商務省を経て宮内省に移り,引き続き宮内庁の所管するところとなったのです。なお,宝庫は現在,古来の正倉のほかに西宝庫・東宝庫があり,いま宝物はこの両宝庫に分納して保存されています。 正倉院は、奈良県奈良市の東大寺大仏殿北北西に位置する、校倉造の高床式倉庫。元々は東大寺の倉庫であったが、明治以降は内務省や宮内省などの所管となり、1908年には帝室博物館の主管となった。現在は宮内庁の機関である正倉院事務所が管理しております。

 今回公開されました宝物は、聖武天皇の遺愛品が献納された際の目録である国宝《国家珍宝帳》(756)や、その国家珍宝帳に記された20面の鏡のひとつ《平螺鈿背八角鏡》(8世紀)のほか、現存する唯一の五絃琵琶《螺鈿紫檀五絃琵琶》(8世紀)など様々な宝物を展示されました。

【正倉院】

 

【平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)】

 中国 唐時代・8世紀 正倉院宝物・『国家珍宝帳』に記された20面の鏡の一つ。青銅(白銅)で作られた花のような膨らみを持つ八角の鏡で、背面に装飾を施した宝飾鏡(ほうしょくきょう)の代表作です。琥珀(こはく)と螺鈿(らでん、ヤコウガイの真珠層)により宝相華(ほうそうげ)と呼ばれる天上世界の空想の花を画面いっぱいに詰め込み、その間にはトルコ石の細片をはめ込んでいます。素材の持つ美しさを存分に活かした、ため息の出るような華麗さには魅了されました。

【螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)】

 中国 唐時代・8世紀正倉院宝物・古代インドに起源を持つ五絃琵琶。その唯一の作例として著名な本作は、紫檀(したん)を刳(く)り抜いた本体に別材の腹板(ふくばん)をあて、全体に玳瑁(たいまい、ウミガメの甲羅)と螺鈿(らでん)で装飾を施しています。特に背面に表わされた宝相華文(ほうそうげもん)は圧巻の造形美。撥(ばち)を受ける部分にはラクダに乗って琵琶を演奏する人物が表され、シルクロードを通じて遠い異国の音楽が伝えられたことを象徴するかのようです。『国家珍宝帳』記載の品であり、古代東洋の工芸史上、最高の傑作と言うべき至宝。『螺鈿紫檀五絃琵琶』は、今回の展示された中で、ダントツ人気№1で、一番見物客が集まっておりました。琵琶の裏側の螺鈿が素晴らしく私も思わず立ち尽くすほどの美しさでした。

【黄熟香(おうじゅくこう)】

 

 東南アジア・正倉院宝物・天下人の心を焦がした香り 「蘭奢待(らんじゃたい)」の名で知られる天下の名香。この雅名の中には「東」「大」「寺」の三文字が組み込まれています。足利義政や織田信長らがこの香木を得たいと熱望し、一部を切り取った出来事は有名で、近代になっても明治天皇が行幸した折に切り取られています。ジンチョウゲ科のジンコウ属植物に樹脂が沈着することで出来た沈香(じんこう)であり、いまだに高い香りを放っています。

【東大寺献物帳(とうだいじけんもつちょう)(国家珍宝帳)(こっかちんぽうちょう)(部分)】

  奈良時代・天平勝宝8歳(756)正倉院宝物・聖武天皇と光明皇后の思い出の数々 聖武天皇の御遺愛品をはじめとする宝物が東大寺大仏に献納された時の目録。白麻紙18枚を貼り継いだ紙に墨色も鮮やかに堂々とした書風で記され、全体に「天皇御璽(てんのうぎょじ)」の印が捺されています。巻末にある「宝物はみな聖武天皇の御遺愛品などです。昔のことを思い出し、目を触れるたび悲しみでくずれそうになります。謹んで盧遮那仏に奉納します」という趣旨の言葉からは、宝物を見るたびに亡き聖武天皇との日々を思い、身がくずれるほど嘆き悲しんだ、光明皇后の深い愛情が伝わります。

【漆胡瓶(しっこへい)】

 中国 唐または奈良時代・8世紀 正倉院宝物・『国家珍宝帳』に記載される聖武天皇御遺愛の水瓶(すいびょう)。下膨れの胴に把手(とって)の付いた形は胡瓶(こへい)と呼ばれ、ササン朝ペルシアに由来します。蓋の形は鳥の頭のようで、銀の鎖により把手とつながっています。黒い漆の表面には銀の薄板をはめ込む装飾が施され、草花の生い茂る野に鹿が駆け、鳥が舞う様子が華やかに表わされています。

【墨画仏像(すみえのぶつぞう)(部分)】

 奈良時代・8世紀 正倉院宝物 正倉院宝物・天平の大空を翔るみほとけ 沸き立つ雲に乗り、大きく天衣(てんね)を翻した菩薩。二枚の麻布を上下に継ぎ合わせた画面いっぱいに堂々とした姿で描かれています。たっぷりと墨を含ませた筆で自由闊達に描かれた菩薩の厚い唇やよく張った肩、大きな手の表現は肉感的ですらあります。中国盛唐時代の影響がうかがわれる奈良時代らしい大らかな表現が魅力的な作品です。

【紺夾纈絁几褥(こんきょうけちあしぎぬのきじょく)】

 奈良時代・8世紀 正倉院宝物・色鮮やかなシンメトリーの楽園 仏に供物を捧げる時、机の上に敷かれた作品です。夾纈とは2枚の木の板に文様を対称に刻み、これに絹織物を挟んで強くしめ、板どうしが密着した部分だけ染料が入らないようにする技法のこと。大きく枝葉を広げた果樹の下には蓮花座(れんげざ)に乗った水鳥が鮮やかな色彩で左右対称に表されています。正倉院の夾纈を代表する作品の一つ。 

【白瑠璃碗(はくるりのわん)】

 6世紀、ササン朝ペルシャで作られた。製法が日本に伝わっていない時代、口径12センチの小さな碗は、人知を超えた美しさ。

 

 令和元年10月22日『即位礼正殿の儀』が厳かに執り行われました。

 『日本』。日出ずる国の御神事は、早朝より天叢雲剣が雨雲を集め降雨により天と地を繋ぎ、即位礼正殿の儀に際しては陽光と共に美しい虹が皇居付近の空を飾り、霊峰富士では初冠雪の雪が舞いました。神話の時代から続くこの儀式を、只々畏敬の念を覚えると共に、 今この時代にこの和らぎの国に産まれ生きている事に心より感謝申し上げました。 謹んで新しい令和の時代のお慶びを申し上げます。

【『即位礼正殿の儀』にご出席された方が頂いた品】

  『即位礼正殿の儀』を記念して開催されました「正倉院の世界~皇室がまもり伝えた美~」は、まさに我が国の宝です。私は、初めて「正倉院の宝物」を観ましたが、改めて日本人で良かったと心から思いました。また、日本の凄さ、素晴らしさを改めて感じることができました。

【記者 鹿目 哲生】

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