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“鹿鳴館の華”大山捨松とスペイン風邪

2020年06月07日 07:39 by tetsuo-kanome

   現在、全世界に新型コロナウィルスが蔓延し、世界の感染者数は500万人を超えて、亡くなられたのは30万人を超えたといわれております。日本においても4/7に安倍総理から緊急事態宣言が発せられ、不要不急の外出自粛とStay Homeを声高に要請される中、皆さんも感染防止に頑張っていらっしゃると思います。現在から約百年前に「スペイン風邪」の名で知られるインフルエンザが猛威を振いました。世界で五億人が発症し、四千万とも一億とも言われる人々が亡くなりました。当時、“鹿鳴館の華”と呼ばれました会津出身の大山捨松[すてまつ]が、五十八歳で命を落としました。大山捨松は、会津藩の家老・山川尚江重固(なおえ しげかた)を父にもち、2男5女の末娘である。山川家の長兄は、会津藩家老の知将山川浩。三男が山川健次郎(初代東大総長)。まさに名門山川家の出であります。

【大山捨松】

 

 

 明治維新後、大山捨松は、わずか十一歳で日本初の女子官費留学生に選ばれ、米国で教育を受けました。

【官費留学時の大山捨松(写真の一番右側)】

帰国後は、語学力と西洋仕込みの立ち居振る舞いが生きました。

【アメリカ留学中の大山捨松】

【帰国報告に参内した大山捨松】

【鹿鳴館時代の大山捨松】

  大山捨松は、社交界で華々しく活躍し、各国の外交官らと交流しました。看護師養成学校設立や日米親善にも尽くし、世の尊敬を集めました。社会に貢献しようと、人から愛されようと、病原体は容赦しませんでした。1919(大正八)年、大山捨松は親友の津田梅子(新5,000円札)が設立した女子英学塾(現・津田塾大)の塾長選びに関わり、多忙を極めていました。感染を恐れ静岡に家族を避難させておりましたが、一人で東京に戻ったことが悲しい結末を呼び寄せました。大山捨松や志村けんさん、岡江久美子さんを偲びながら、そんな思いを強くします。改めて、新型コロナウイルスを警戒したいと思います。家庭や地域、職場、学校、電車の中などに必ず感染者がいるかもしれないと思いつつ、かけがえのない人を守るためにも感染防止に努めたいと強く思いました。

【旧友との再会(一番右側が大山捨松)】

【晩年の大山捨松】

【晩年の大山夫妻】

【記者 鹿目 哲生】

 

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