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ザ・戊辰研マガジン

2020年02月号 vol.28

一八六八年の会津藩

2020年02月02日 10:29 by tetsuo-kanome

 私は、昨年から今年の年末年始のお休みは九連休でした。その間、次回の「戊辰研マガジン」のネタを探そうとインターネットで検索していたところ、「一八六八年の会津藩」という書籍が発行されていたことを初めて知りました。2018年9月15日~11月6日に會津鶴ヶ城にて企画展として「1868年の会津藩」を開催され、その際にこの本が発売されておりました。私は、正月明け、鶴ヶ城の売店で在庫があるか確認したところ、売り切れとの回答。どうしても手に入れたいと思い、中古品でもいいのでなんとか探して譲ってほしいと食い下がりました。そうしたところ、数日後、一冊見つかったとのことで、購入できることになりました。この書籍は1800円。ちょっとお高いと思いましたが、そうは言っておれず、すぐに送っていただきました。届いたらびっくり。ずっしり重くなんと300ページ超の会津藩の歴史が詰め込まれた素晴らしい資料でした。私は大変感激し、手に入れることができて本当に良かったです。「一八六八年の会津藩」の書籍の表紙や一部の写真を紹介したいと思います。

【「一八六八年の会津藩」企画展のポスター】

【「一八六八年の会津藩」書籍】

【孝明天皇から松平容保公が賜った御製】

【孝明天皇から松平容保公が賜った御宸翰】

【孝明天皇の形見分けとして松平容保公が賜った「獅子牡丹図金屏風」】

【奥羽越列藩同盟の旗】

【新政府軍が持ち込んだ錦旗】

【当時の會津鶴ヶ城と飯盛山、十六橋】

【群馬県の個人から購入しました「若松城下絵図屏風」】

 

 2018年9月15日から會津鶴ヶ城で開幕されました「一八六八年の会津藩」は、当時の城下の様子や会津藩と朝廷との結び付きを示す史料が提示され、11月6日まで開催されました。絵画や書、武具など44点を展示。館内で初披露となる「若松城下絵図屏風(びょうぶ)」は戦火で失われた町の様子を知ることができる貴重な史料で、会津若松市が戊辰戦争150年を記念し、群馬県の個人から購入しました。幕末に活躍した会津藩の町絵師、大須賀清光が縦90.8センチ、横5.4メートルに城を取り巻く屋敷や寺社などを描きました。このほか西軍が掲げた「錦旗(きんき)」などを展示。近くには孝明天皇が会津藩主松平容保(かたもり)に贈った宸翰(しんかん)や和歌などを並べ、「賊軍」の汚名を着せられた会津藩が、朝廷から信頼を寄せられた事実を伝えておりました。

 私が「一八六八年の会津藩」の書籍を見て一番驚いたのは、孝明天皇から形見分けとして松平容保公に賜った「金屏風」は初めて拝見しました。孝明天皇 からご宸翰(ごしんかん:天皇直筆の手紙)と御製(ぎょせい:天皇の和歌)を下賜されたことはあまりにも有名ですが、『形見分け』として「金屏風」を賜ったことは素晴らしい真実です。「一八六八年の会津藩」の書籍は、まさに会津藩の歴史であり我家の『家宝』としたいと思います。

 最後に、「一八六八年の会津藩」の書籍には、「戊辰戦争での殉難名簿」が掲載されております。詳しく探してみると、私と同じ「鹿目」の姓が三人おりました。伏見、今市、城内で三人が亡くなっておりました。遠い親戚かもしれないと思うと、なんかじ~んとしました。

【戊辰戦争の殉難名簿】

 「一八六八年の会津藩」の本は、まさに『会津藩』の戊辰戦争の歴史が詰まった貴重な史料です。我家の“家宝”にしたいと思います。

【記者 鹿目 哲生】

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