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ザ・戊辰研マガジン

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会津藩塩川本陣近江屋跡に白虎隊士飯沼貞吉の記念碑設置

2020年01月26日 11:15 by tetsuo-kanome

 2019年9月23日に福島県喜多方市塩川の東邦銀行塩川支店敷地に白虎隊士であります飯沼貞吉ゆかりの地の記念碑を設置し序幕しました。江戸時代の塩川は米沢街道の宿場町として栄え、この地にあった近江屋は会津藩本陣として使われておりました。会津の歴史研究家石田明夫様のご提案と 東邦銀行の協力により白虎隊の会が実現いたしました。ここに記念碑を設置した理由は、飯盛山で自刃した白虎隊士飯沼貞吉が一命をとりとめた秘密がここに隠されているからです。

【白虎隊士飯沼貞定吉ゆかりの地】

 

 そのいきさつを紹介します。白虎隊士が飯盛山で自刃したのは慶応4年8月23日午前10時頃でした。この日、武具役人印出新蔵の妻ハツは、鉄砲を持って飛び出した息子八次郎の安否を尋ねて、滝沢方面に向かいましたが、 途中で慶山村の農夫渡部佐平に会いました。そして、飯盛山に多数の死体があると聞き、飯盛山に向かいました。死体の中に息子はいないかと、一人一人確認する中で、 虫の息だった飯沼貞吉を発見したのです。はつは、貞吉を背負って、急ぎ山を降り、渡部佐平らの協力を得て 貞吉をこの地に運びました。時刻は夜10時頃と思われます。翌朝、地元の漢方医を呼んで応急処置をしてもらいましたが、 喉の傷は深く、夕方には激痛に苦しみました。長岡藩主牧野忠訓一行が、この日、当地に宿営したのは正に天の恵みでした。同行した軍医は貞吉を診るなり、「傷は気管を破りたれども、動脈を避けたり。 年若きたるにより、治療により或いは全癒す」として西洋医術を駆使して治療したのでした。軍医の名は、阿部宗達と吉見雲台、塩川の医者は三本住庵とされます。会津戦争開始直後の混乱期に、このような偶然が重なったとは正に奇跡と言えます。貞吉が一命をとりとめなければ、白虎隊の真相は闇であり、飯沼家の子孫も存在しなかったわけです。貞吉は自刃に失敗したことを恥じ、終生寡黙を通しましたが、晩年には2つの手記と2つの絵を残しました。そこに、白虎隊の自刃理由は、「城が落ちたと早とちりした」のではなく、「武士の本分を明らかにする」ためと明記しました。戊辰戦争で会津藩は朝敵・国賊の汚名を着せられ恭順も許されませんでした。この理不尽に対する潔癖の証しとして白虎隊は自刃したのです。

【飯沼定吉】

【飯沼定吉のお孫さんの飯沼一元氏】

 喜多方市塩川町には、新選組の斎藤一も塩川町に1ヶ月ぐらい滞在していたそうです。場所は、東邦銀行塩川支店から喜多方市方面に徒歩で1、2分程度の場所です。塩川名物「ここのえ」を販売している九重本舗奈良屋の向かい側に、会津新選組陣所があったんだそうです。あと、伊能忠敬も塩川町に来て、宿泊したそうです。それも東邦銀行塩川支店から斜め向かいぐらいの場所なので、この通りは昔はさぞ栄えておりました。このあたりは、会津藩の廻米蔵や塩蔵、船問屋、勤番所などが立ち並び、最盛期には年間およそ5万俵の大坂廻米が運び出され、瀬戸内塩4万俵が入ってきた川港だったのです。最盛期には、約60隻もの藩船が、葵紋の高張り提灯や、会津藩の旗をなびかせて、浮かんでいたそうです。

【会津名物「ここのえ(九重)」】

  「ここのへ」は、”飲む”お菓子として120年以上前より会津銘菓として愛されています。湯呑にスプーンで約2杯を入れお湯を注ぐと、柚子の上品な香りと甘さを楽しむことができます。甘味が少なかった時代には、希少な甘さを楽しめることから贈り物やお土産としても親しまれております。私も会津坂下町在住時は大好物でした。

 また、舟運で栄えた塩川は、川魚の宝庫でもあり、「なまず」は、以前から食されておりました。「なまず」と聞くとちょっと引いてしまう人が多いと思いますが、白身であっさりしていて、ヘルシー。 てんぷらやから揚げにしていただくと、とてもおいしい。甘露煮、あらい、かば焼き、柳川、天ぷら、からあげのコースもあります。“なまずのから揚げ” 味付けは中華風で非常においしい。天ぷらにしてもおいしく、天丼は絶品だそうです。ちなみに、私は食べたことはありません。

【なまずの天ぷら定食】

 

【記者 鹿目 哲生】

 

 

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