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ザ・戊辰研マガジン

2020年02月号 vol.28

村上殿の日々徒然、

2020年01月31日 16:26 by murakamidono

学問のすすめは「危険」

「学問」にはいろいろあるが、ここでいう「学問」は子供に対する「強制」のような「勉強」をさす。

 京都西陣織りあたりに、西陣織と友禅染を教えるところがあります。なんと、学んでいる人たちほとんどが中国人です。 日本人は、ほとんどいません。それは、日本の小学生は一生懸命に勉強をしてい るのです。夕方から塾です。 中国は京都の文化を懸命に学んでいるのです。詳細はよくわからないが、多分、 中国の国家戦略と推測します。つまり、中国に「京都と同じような街を作ろう」 という計画です。そこに「中国人だけでなく、外国からも観光客を呼ぼう」とい う戦略です。現代の社会は、資本主義ですが、その「軍事力」は「人口に比例」です。多分、米国はいま非常に後悔していると思います。 米国がどんなに頑張っても、中国の半分です。よく分からないが、多分、中国は インドを警戒していると思います。それは、インドの人口が中国より多いからで す。

「技」を持つ

  戦後まで、故郷には、多くの職人がいた。漆カキ、桶屋、大工、左官、かやぶき屋根ふき、養蚕家などである。その数は、数千人であろう。 その後、職人は徐々に減少し、現在はほとんどいない。全国的に、自分のアイデンテティがない人が多いようだ。  多くの小学生を見ると「将来が大変」と思うことがある。仕事は徐々に少なくなる。例えば、自動車は「自動運転」になるようだ。小学生は、「将来、どんな人生を歩むのだろうか」と思う。履歴書を沢山書いて、仕事を探す姿は気の毒に思える。  「自分の技を磨き、世界に誇れる技を持つことに、生きがいを感じる」ような社会を希望している。自分の「技」をたどると、私は小学生のころ、「上州養蚕少年」であった。それがために、今、「私設美術館」を構築できる。「生まれてきてよかった」と感じている。来月は看板作りをやる。

 

「造花美術館 」

  生家の隣の集落に、私の「おば」さんが眠っている。明治時代、村上裁判所に勤務の方に、おばさんが嫁いだ。農家の人が裁判所勤務の人に嫁いだのだ。 ご主人の手紙とハガキが、残っている。達筆だ。 「おば」さんは、私の祖母の娘である。私は、ときどき「おば」さんのお墓参りに行く。 その集落で、ある夕方、盆踊りがあった。それを見ていたら、なんと、大正時 代に亡くなった「おば」さんが来た。着物姿で。着物に「ハマナシ」の花が咲い ていた。すかさず、私は写生しはじめた。

 そこへ、数人の少年たちがきた。

 少年たち「おじさん、何やっているの?」

 私「写生だよ。写生」

 少年たち「何を写生しているの?」

 私「ハマナシだよ」

 少年たち「ハマナシ? 花など、どこにも咲いてい ないよ」

 私「咲いているじゃないか。そこだよ。そこ」

 少年たち「何もないよ。変なおじさん」  

 と言って少年たちは去っていった。  ・・・それから、私は花づくりを始めた。EUの人が、私が作る造花の値段をはじいた。やがて、これが「造花美術館」になる。

 家ができると、大工さんたちが、屋根から「お餅」をまきます。この風習は戦後までありましたが、今は、ないと思います。  集落では、子供も大人も、数百人集まり、「こっちへ まけー。こっち こっち」と叫びます。4隅に大きい餅を、合計4個まきます。「隅餅」と言います。

 大工さんたちは、専用の桶に餅を入れて、「ばらまく」わけです。子供は一人10-20個拾います。餅の形は4角で5㎝x5㎝くらいで、厚さが5㎜位です。 数千個の餅をつき、切らねばなりません。

 餅つき臼は生家にあり、さらに借りたりして、数個は用意できます。大工さんと飾りは、大工さんに頼みます。もち米のご飯炊きが大仕事ですが、外でやるようにします。新築の家の代わりに、盆おどりの時のような、「やぐら」を組んで、そこからまきます。 昨今、精神的に悩んでいる人が多いようですが、これで治ると思います。 市の観光課だけでなく、全国的に報道し、さらに国外にも報道したいです。

 話は変わりますが、この広場に「オランダのおもちゃ風車」を設置し、「オランダ屋敷」にする方向で、オランダの人と話しあっています。故郷の「オランダ屋敷」。敷地に緩い坂もあります。「オランダ坂」ですね。「ジャガタラお春」も何とか考えます。曼殊沙華と歌も入れる計画です。とにかく面白いです。 12月には看板作りをします。

 

「江戸時代の人 」

  欧米人と付き合っています。「古い日本人」です。私の思想は、多分、幕末から明治10年頃のような気がします。横田英さんが富岡製糸場へ行った頃の時代です。ですから「学問のススメ」や「万機公論」という外国思想を疑問に思っています。  欧米人は、日本の古い文化に非常に興味を持っていますので、これが「国際化」の根本と思います。 「私の話を聞きたい」と、今年、4人がEUから来ました。大金を使って、わざわざ、来てくれたので、いろいろのものを見せ、説明します。その一つ。

   女神と久三郎の話。ほんの一部を紹介すると。

   久三郎「神社で(手をたたいて)パンパン」  

      久三郎「○○の久三郎でござりまする」

    女神「ほー。よく来てくれた。大大儀、大大儀」

    女神「○○の街道を通ってきたのか」

    久三郎「左様で、ござりまする」

    女神「ひとつ、聞きたいことがある」

    久三郎「なんなりと」

    女神「街道に、美しい、おなご衆は、いなかったか」

    久三郎「うーん。うーん。その様な記憶はありませぬが」 以下省略。 これを「能」のように、低音で話すのです。  この「思想」は、故郷に実在する神社の話で、戦後まで、語り継がれてきまし たが、現代人は「何のことか」分かりません。そのため、現代人は、総じて、欧 米人との付き合いが難しいです。  この会話を、低音で、ゆっくりと話すと、「幻想的」になるが、話し方によっては「怖い」と思う人もいるようだ。生家で、真夜中に練習する。まず、拍子木で「パンパン」と強く打つ。これを外で聞く人はいないが、もし誰か外で聞いたら、「怖くて、近寄れない」だろう。笑っている私。

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