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2020年01月31日 16:30 by katsukaisyu

2019年12月号 vol.26の続き

  天草地方 﨑津集落   天草では1805年に天草崩れという大事件を経験しました。江戸時代後期になっても、なお、5000人の信者がいて、彼らの存在が発覚しました。あまりの多さに全員磔(はりつけ)にするわけにもいかず、「信仰をやめる」と宣言することで、決着させたそうですが、表向きはともかく、ますます、地下に潜ったことは想像されます。

  明治政府がキリスト教を黙認するようになったのは明治6年からで、条約改正したい相手国はすべてキリスト教徒の国で、彼らを邪宗と呼ぶわけにはいかないですし。勝海舟と西郷隆盛が相談して、キリスト教は邪宗であり・・と書かれていた太政官発行の高札を抜くことにしたと読んだことがあります。勝海舟は自身も訪米したことがありますし、早くに息子小鹿(ころく)をアメリカに留学させ、嫁はアメリカ人です。西郷も息子を早くから、留学させていましたっけ。(潜伏キリシタンは、禁教が解かれた後、カトリックに戻った信者。隠れキリシタンは、明治以降も独自の民族信仰を捨てなかった信者。)

  いよいよ世界遺産に登録された﨑津集落です。こちらは港に教会があり、海越 しに見える教会が有名です。

 

ガイドさんによると、集落の生活は貧しく、正面の装飾は石材ですが、裏側になると木材が使われたとのことです。

 

 ガイドさん、﨑津が世界遺産に登録されて、観光客が増えたと喜んでおられました。

 集落の方々の生活のお邪魔をしないように、たくさんの人が訪問するといいです。漁師町の風情が色濃く残る、味のある集落でした。当地では、江戸期より、神道・仏教・キリスト教のそれぞれの信者が協力して生活していたこともあり、3種の御朱印が押された朱印帳が手に入ります。他ではないですね。

 

 﨑津に来て、初めて勝海舟が当地を訪問していたことを知りました。銘板はありがたいです。教会のある場所は元は庄屋で、ここに海舟が宿泊したそうですが、この庄屋の場所で「絵踏み」が行われてきたという歴史があります。昭和になって教会を建てる時に、この絵踏みの行われていた場所に建てたいという強い希望があったと聞きました。(「踏み絵」は踏む絵そのもの。絵を踏むことは「絵踏み」というように歴史用語が変わりました。) 石碑には、北原白秋や与謝野鉄幹が訪れたと記されています。近づいても起きない、かわいい猫です。

 夕食も再び、お昼の場所へ行って、かき揚げ定食をいただきました。なかなか豪快ないけすのある食堂でした。新鮮な海の幸を堪能しました。

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