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ザ・戊辰研マガジン

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「長州憎し」いまだに存在 会津の市長に胸中を聞いた

2020年01月19日 19:08 by tetsuo-kanome

 2019年11月23日に開催されました会津若松市政120周年式典に萩市長が初めて公式に出席した反響について、当マガジンで3号連続で投稿します。2019年12月26日に朝日新聞デジタル記事として掲載されました内容を紹介します。

【祝賀会場で成田真一会津若松市議と談笑する藤道健二萩市長】

  「未来志向の関係を築くため、公式行事に参加させていただきたいと考えた」と長州藩の城下町・山口県萩市の市長として福島県会津若松市の公式行事に初めて出席した藤道健二市長は2019年11月23日に開催されました会津若松市制施行120周年記念式典の会場で記者団に囲まれ、こう語りました。会津では今も「長州憎し」を口にする人がいる。「今回の訪問で未来志向の関係に向かう歯車はひとつ回ったと思いますか」と尋ねると、慎重な口調で「それは何とも言えない。両市の関係は一方の首長の考え方だけでは……。それをどう会津若松市さんの方で受け取ってもらえたかということになる」と答えました。この思いを会津若松市長の室井照平氏はどう受け止めるのか。

 同日夕、市内のホテルで開かれた祝賀会の様子を取材した。冒頭のあいさつで会津若松市の室井市長は、萩市の藤道市長が参加していることを紹介し、拍手が沸いた。しかし、立食形式の祝宴が始まってから、藤道市長のもとに室井市長が歩み寄ることはなかった。農協の活動を通じて萩市との民間交流に携わった会津若松市議の成田真一氏が藤道市長に話しかけ、室井市長がいたテーブルの近くに誘おうとした際は、別のテーブルに移ってしまった。記者やカメラマンに、藤道市長との「2ショット」の場面を撮影されたくないという思いだったのだろうか。

【祝賀会の模様】

 4日後の記者会見で、藤道市長の式典参加をどう受け止めるかを室井市長に尋ねました。室井市長は「震災直後に多大な支援をいただいたので、感謝の気持ちでご案内し、来ていただいた」と述べ、高額寄付者への市政功労者表彰の基準に沿って対応したとの考えを示し、それ以上の意味に言及しなかった。藤道市長は「未来志向」と語った。その思いをくんで会津若松市側から何かアクションを起こす考えはないのか――重ねて尋ねると、室井市長は当惑したような表情でこう語りました。「何か必要があれば市として対応しなければなりませんが、当面はないかなと思います」「仲良くするが、仲直りはできない」。会津若松市内でよく聞く言葉だ。わだかまりを持つ人の心中を察すると、室井市長は率先して「仲直り」に動けない、ということかもしれません。

 しかし、「相当緊張して会津に来た」とも語っていた藤道市長からのボールをしっかり受け止め、きちんと投げ返すことも市民を代表する人の仕事だろう。何か悲しい気分になるのは、私が新潟生まれの「ヨソ者」だからだろうか。(朝日新聞記者 戸松康雄)

 この朝日新聞の記者の取材からも、会津若松市の室井市長の胸中は複雑だったことでしょう。でも、私は、ホテルの祝賀会場で会津若松市長と萩市長の2ショット写真を見たかったのは正直な感想です。

【記者 鹿目 哲生】

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