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仏都会津・会津ころり三観音

2019年07月06日 15:52 by tetsuo-kanome

 あまり知られておりませんが、会津は、奈良・京都・鎌倉・平泉とともに、わが国の五大仏都のひとつに数えられるほど仏教にまつわる話題が豊富で、仏都会津といわれております。仏都会津の名を生んだのは、最澄や空海の強大な論敵として日本仏教の一時期を担った徳一です。徳一は都の仏教に反対し、未開野蛮と言われたみちのく会津に恵日寺(古代会津仏教の総本山)を開きました。その頃磐梯山は病悩山とも呼ばれて魔物が住み、作物も実らず悪い病気がはやる始末に負えない土地でした。徳一はその土地に恵日寺を開き、仏法をもって魔性の者や悪疫と戦いました。最初は粗末な草堂であったが、全盛時には寺領18万石、子院3,800、寺僧300、僧兵数千を擁し会津に君臨しました。伊達政宗が会津攻めで焼き払ったため、今は見る影もありませんが、恵日寺の他に、勝常寺、柳津円蔵寺、西会津妙法寺など、今に徳一の足跡を伝えております。

 仏都会津には会津三十三観音があり、その中で中核として古くから知られているのが、「会津ころり三観音」(会津美里町の中田観音、西会津町の鳥追観音、会津坂下の立木観音)です。この三つの観音様を巡拝・祈願すれば、仏教での☆貧(とん=むさぼること)☆瞋(しん=怒ること)☆ 痴(ち=愚かなこと) の三毒により生じる様々な苦悩が消滅し、一生を健康に過ごし、長患いすることもなく、苦しまず、家族などに迷惑をかけず、安らかに「ころり」と安楽往生できるといわれおり、今なお多くの人々の信仰を集めている。特に、各観音堂にある「抱きつき柱」にすがれば、死に際して苦しまずに成仏できるとされております。なお、「ころり」とは突然死 (脳疾患や心臓疾患、事故死など) のことではなく、天寿を全うした安らかな成仏のことを意味します。

 

【立木観音】(会津坂下町)

 立木観音は、一木造の千手観音立像で、総高8.5mと立木仏としては日本最大級の大きさを誇ります。弘法大師の作と伝えられ、床下にその根が続いていると言われています。立木観音の両脇には、室町時代の作といわれる「二十八部衆立像」の眷属と風神・雷神が取り囲んでおり、完全な姿で残っているのは国内でも珍しいです。

 

【鳥追観音】(西会津町)

 鳥追観音は、大同2(807)年、仏都会津の祖・徳一菩薩が「会津西方浄土」としてご開創された、会津屈指の観音霊場です。東の仁王門から観音堂へ入り、祈願して西から出れば、鳥追観音のお導きで西方浄土へ安楽往生が叶うことから「会津ころり観音」といわれています。観音堂内の「福縁結び抱きつき柱」に抱きつき祈願すると、観音様の導きで「良縁」を頂くことができます。また、日光東照宮の作品でも有名な左甚五郎が心を込めて刻んだと伝えられる、三匹の猿の彫刻です。それぞれ「災難より隠れ猿」「災難より逃れ猿」「安楽に暮らし猿」のいわれがあり、三匹目の猿は、牡丹の蕾に似せて隠し彫りされています。観音の大慈大悲に祈願してこの三猿を探し得れば、固いつぼみが花開くように幸運が開き「福マサル」といわれています。

 

【隠れ三猿(左甚五郎作)】

 

 

【中田観音】(会津美里町) 

 中田観音は、野口英世博士の母シカが息子の火傷治療と立身出世のために祈願したことでも有名です。安置されております中田観音(十一面世観音菩薩)は国の重文指定。2メートル近い大きさで鎌倉期の鋳造。堂内の「だきつき柱」は信心の人が抱きついて、念願すれば願いがかなうとされています。

  私は、「会津三ころり観音」の中で、立木観音と鳥追観音は参謁できましたが、会津美里町の弘安寺に行きましたが中田観音は事前の予約が必要で残念ながら参謁できませんでした。私は、立木観音も鳥追観音共に素晴らしく、思わず見惚れてしまいました。

【おまけ】

 柳津町の「福満虚空藏菩薩 圓藏寺」は、仏都会津を代表する名刹です。今年8/25に柳津町で開催されます星亮一先生の講演「明治天皇と松平容保」にご出席される方々は、まずはぜひ柳津町の「福満虚空藏菩薩 圓藏寺」を参謁してください。ただし、長い階段を登る必要がありますのでご注意ください。

 柳津町の名物「あわ饅頭」もお忘れなく。

【記者 鹿目 哲生】

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