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2019年07月号 vol.21

おいしい東北の日本酒 宮城県加美町「真鶴」

2019年07月05日 19:25 by date
2019年07月05日 19:25 by date

 

宮城県加美町、田中酒造店「真鶴」

 宮城県の酒屋さんに並ぶお酒の中のひとつに「真鶴」がある。
宮城県なのになぜ「真鶴」なのか。真鶴といえば神奈川県の真鶴半島を指すのではないかというのが私の思いだ、神奈川県の西端から駿河湾に突出しているのが真鶴半島で、定年退職した私の現役時代の会社の保養所があった場所で、私ともども私の家族にも馴染みのある場所である。夏になると家族旅行で真鶴で遊ぶのが年中行事である。
 そんなある夏の日、1985年の7月24日はちょうど夏休みの頃である。真鶴から帰宅する車の中である人の訃報を聞いた
「たこ八郎」である、ボクシングの日本チャンピオンであり映画俳優であった「たこ八郎」は映画では「太古八郎」を名乗っており、メジャーではないが個性的な映画に多く出演していた。
飄々とした風貌で、演技なのか素の姿なのかわからない不思議な俳優だった。私がこの「たこ八郎」をよく知っているのは同郷の人だからだ。
 「たこ八郎」は仙台市出身で仙台育英学園に学んだ人である、仙台育英といえば全国的に高校野球やラクビ―や陸上競技で有名であるが、喧嘩でも有名であった。私も同じ市内の別の高校に通ったがあまりお近づきにはなりたくなかった。
 映画の中の「たこ八郎」は、いじめられるような役柄だったが、それが一転して喧嘩の状態になるとすばらしい身のこなしで相手を倒していく、その姿は黒沢明監督の映画で活躍する三船敏郎の太刀裁きのようでもあった。強い武士に見られるような事を忍んで、我慢を重ね耐えて耐えてついには武士の本懐を遂げるようでもあり、武士道を持った現代のチンピラと言ってもいいはずだと思う。そして多くの敵に立ち向かい自分の腕で相手を倒した後に放つ言葉がある、「ファイテング原田はなっ、もっと強いんだぞ」。
 自分も強いボクサーなのにファイテング原田を尊敬し持ち上げるその態度には、私は畏敬の念を抱かざる得ない。ひょうひょうと生きた「たこ八郎」にはもっと生きてほしかった。
 そんな「たこ八郎」が真鶴の海で死んだ。タレントのタモリは「たこが海で溺れて死んだ」なんて言って悲しんだという。

 そんな私の思いのある「真鶴半島」の「真鶴」が宮城県のお酒の銘柄である。

「真鶴」
株式会社 田中酒造店
宮城県加美郡加美町字西町88-1
創業 1789年(寛政元年)

 仙台平野の北西部の奥羽山脈の雪解け水がうるおし続ける豊穣の地「加美町」に田中酒造がある。田中酒造は仙台藩唯一の呉服商が作った蔵である。
なぜ真鶴なのか、現在執筆中のさなか株式会社田中酒造にメールで問い合わせているがまだ返事はない。
 仙南地方(宮城県では仙台以北を仙北、仙台以南を仙南と呼んでいる)では、白鳥が神の使いであるとの理由で白鳥は大切にされている、仙南地方には多くの白鳥神社があり、白鳥にまつわる伝説もある。そして極めつけは「白鳥事件」である、明治元年の戊辰戦争駒ヶ嶺の戦い以後、仙南地方に駐留した安芸藩の兵士が白鳥狩りをしていたのを知る地元の農民が、安芸藩兵士に向かって発砲した、残念なことに弾は安芸藩兵士に当たらなかったが、発砲した農民捕らえられ斬首され、逃げた農民の家族も斬首されさらに地元の柴田の藩主も責任を負い切腹している。神の使いの白鳥を守ろうとした地元民の悲しい事件であった。
 そのような地元の思い入れがある白鳥ではなく、なぜ鶴なのか?。
 白鳥はカモ目カモ科白鳥属の鳥であり、水ひれがあり水面で逆立ちしエサを捕獲する、片や鶴はツル目ツル科ツル属の鳥で、泳がずに歩いて餌を捕食する。い以上のことで全く別の生態を持つ生き物である。
 加美町の近くの伊豆沼では白鳥が飛来することで有名な生息地がある、どちらかといえば「真鶴」ではなく「白鳥」が地元宮城県の日本酒の銘柄としてより多くの合理性があると感じる。
 清酒「真鶴」を清酒「白鳥」と名前を置き換えて呑んではいけないだろうか?。

 さて、この原稿を書き終えてから株式会社田中酒造店と連絡がつき、「真鶴」の命名の理由が聞けた。
藩政時代の伊達藩では知行地政策を取っており、藩内には多くの大名級の殿様がいた。その加美町地方を治めていた殿様の奥様が女流歌人で、多くの歌を作っていた、その中には鶴を題材にした多くの歌があった。
 ある時の会合で歌を作っていた時に、その場所に鶴が舞い降りて、縁起がいいと田中酒造店に命名を勧めたそうで、そこで「真鶴」になったという。
ならば白鳥が降りてきたならば・・、カラスが降りてきたならば・・、スズメが降りてきたならば・・、
皆さんご安心を、殿様の奥方は日ごろから鶴の歌を詠んでいたので、そのような機会があったので鶴になったということです。決してはカラスにはなりません。

酔っ払い記者 伊藤 剛

 

 

 

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