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コーヒーブレイク「種々の小さな話」

2019年05月09日 06:54 by kohkawa3


その四十三 桜もちの食べ方


 浅草へ行くといつも桜もちが食べたくなる。浅草言問橋の近くにある「山本や」は長命寺桜もちで有名である。
 正岡子規が大学予備門の学生だったころ「山本や」の2階を3ヶ月ほど借りて、月香楼と名付けて滞在したそうである。そこで次のような歌を詠んだという。
《花の香を 若葉にこめて かぐはしき 桜の餅 家つとにせよ》
 ここに来ていつも悩むのは、ちょっと字余りなこの短歌についてではない。桜もちを包む「かぐわしき桜の若葉」を一緒に食べるのか、葉を除いて餅だけ食べるのか、ということである。
 「山本や」の桜もちを食べるまでは、「葉っぱは食わねえだろう」と思っていた。「餅だけ派」だったのである。
 ここの桜もちを食べてから、「葉っぱも食べる派」に宗旨変えした。
 塩漬けの桜の葉がいい香りで、適度な塩味がいい塩梅なのである。繊維質もあって胃腸にも良さそうである。
 ところが先日、お土産に買った山本やの桜もちに、「召し上がり方」が書いてあった。それによると、当店では桜葉をはずして召し上がることをお勧めしております。(桜葉は香り付けと乾燥を防ぐ為についております。)とあった。
 「えっ、うそ。」と思いながら、ネットで調べてみた。
 「山本や」のホームページに小沢昭一が来店した時に話していたという小噺を紹介していた。
 ある人が桜もちの皮(葉)ごと食べるのを見て、隣の人が
「旦那、皮をむいて食べた方がいいですよ。」というと、
「あ、そうですか」
 とそのまま川の方を向いて食べた。
 《川を向いて座れば、大川(隅田川)のゆったりとした流れと桜並木。どうぞ、そのまま春の日永をのんびりお過ごしください。きっとそれが、桜もちの一番おいしい食べ方でしょう。》というのは山本やのコメント。どっちでもいいよ、というのが公式見解のようだ。
 そんなわけで、「葉っぱも食べる派」を続けることにした。


その四十四 大型連休に思う

 長い連休に入る前日の夕方、仕事が終わってから所属する団地卓球部の練習に出た。
 平均年齢70代の卓球部なので、のんびりした練習である。しかし、たまには打ちごろの球をビシッとスマッシュで決めることもある。
 この時も、浮いた球を「よし、もらった。」と左に回り込んで思い切り打ち込んだ。
 つもりであったが、気がついたらフローリングの床に腰から落ちていた。臀部の左側と左肘をしたたか床に打ちつけた。床は平らで躓くものは何もない。何がどうなったかわからないが、気がついたら床に倒れていた。目から火花が散るという経験を味わった。
 幸い頭は打たなかった。手でかばう余裕もなかったのが良かったのだろう、左肩から左肘をフラットに床に打ち付けていて、腰も肘も骨にゴツンと当たるようなことはなかった。
 そのまま練習を続けようとしたが、どうも動きがぎこちない。練習をやめて家に帰ったが、途中、歩いて1分もかからない距離を悪寒に震えながら帰った。あまりのことに自律神経が乱れて震えが出たのかもしれない。
 翌日、連休初日は友人と山歩きの約束をしていたが、朝、腰と腕の痛みで寝床から起き上がれず、山歩きはキャンセルした。
 2日目からそろりそろりと歩き出し、何とか連休前半で回復したものの、情けない事であった。
 数カ月前、右肘をテニス肘と診断を受け、まだ痛みが残るところへ、左肘の痛みが加わり、日常生活に支障をきたした。
 なんといってもトイレが困った。腰が痛くて手が後ろにまわらない。両手の肘が痛いのでズボンを持ち上げるのにも苦労した。こればかりは、省略するわけにはいかない。
 間もなく連休も終り仕事が始まる。まだ、打撲の痛みは少々残る。歳をとるというのはこういうことなんだ、と痛感した10日間であった。


その四十五 放屁のこと

 「宇治拾遺物語」を読んでいる。800年ほど前に書かれた物語集である。その中に「藤大納言忠家、物いふ女放屁の事」という話がある。
 「藤大納言忠家といひける人」が、「美々しき色好みなりける女房」と語り合っている。「夜更くる程に、月は昼よりも明かりけるに堪へかねて」忠家、御簾をもちあげ、敷居の上にのぼり迫ろうとする。女房、まあ恥ずかしいと体をよじって逃れようとする拍子に「いと高く鳴らしてけり。」
《「鳴らす」④音を出して放屁する。(小学館)》 
 忠家、ぼうぜんとして「心憂き事にあひぬるものかな。世にありても何にかはせん。出家せん。」と出家を思い立つが、ふっと我に帰り、一大決心を翻し「たたたた」と逃げ去った。
 気になる女房のその後は、「いかがなりけん、知らずとか。」と、作者は女性にはつれない。
 実は、私にも放屁に関する面白い話があるのだ。それは・・・と続けるつもりであったがネタがない。
 放屁で思い当たることといえば、情けない話ばかりである。
 最近、高齢者の仲間入りをして、自覚することなく「プッ!」という音で放屁に気がつくというケースが増えてきた。まだ、緊張している時にはその症状が現れないが、人前で無意識に放屁するようになった場合、どんな顔をすればいいのか。などとどうでもいいことに悩んでいる。
 放屁とは《①屁をひること。②転じて、役に立たない、つまらないことを言うこと。(日本国語大辞典)》と辞書に出ていた。
 悩むこともないか。いつも放屁のようなものを書いて知らんぷりしている。
 (大川 和良)

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