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ちょっとためになる話「元号」その2

2019年05月05日 22:35 by tama1

ちょっとためになるはなし 「元号」そのⅡ 前号の続きになります。

 去る平成31年4月1日、今上天皇退位にともなう「新元号」の名称が発表されました。

 「平成」に代わる新たな元号は「令和(れいわ)」とされ、その出典は日本最古の歌集「万葉集」と説明されました。

「令和」は、万葉集の梅の花の歌32首の序文にある「初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の 香を薫(かお)らす」から引用したものだそうです。

  厳しい寒さのあとに春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のようひとりひとりの日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本で ありたいという思いを込め、令和に決定したと、安倍首相が説明されています。

 そんな中、先日地元、寺内町今井町の歴史を調べるため図書館の郷土史コ-ナ-を訪れた時、さすがに特別コ-ナ-には万葉集や天皇史の書籍がずらりと展示されておりました。 その中の一冊に興味を惹かれましたので、奈良県橿原市史とともに「天皇と元号の大研究」という、2018年11月1日発行の児童向け雑誌を借りて帰りました。

  これがまた分かりやすく、第一章天皇と皇室、第二章元号のなりたちの二編に分けて、日本の歴史と伝統について書かれており、改めて勉強をさせていただきました。 日本では大化から今回の令和まで、全部で248の元号が使われてきましたが、元号は中国の古い書物の中にある言葉からつくられてきたそうです。なかでも「五経(ごきょう)」は、 易経・書経・詩経・礼記・春秋のことで、これらは中国で成立した儒教の教えを伝える書物であり、儒教は政治や人の生き方について、何が大切かを説いています。

  中でも孔子が古代皇帝の教えをまとめた「書経」からはとくに多くの言葉が引用され、元号に使われているそうです。「平成」や「昭和」も「書経」から引用されました。 また、古代中国の占いをあつかった「易経」から引用された言葉も元号としてよく使われています。近年では、「明治」や「大正」が「易経」からつくられたと書かれています。

  紀元前140年、前漢(今の中国)の第7代皇帝武帝は自分の即位した年を「建元」元年と決めたのがもっとも古い元号といわれています。中国の影響を受けた朝鮮半島やベトナム なども元号を使うことになります。日本には、7世紀の初め頃に中国の暦が入ってきた後、7世紀中ごろから元号が使われるようになります。しかし、ほかの国々とは違って、 日本では中国の決めたものにしばられず、独自の元号を使用してきました。

  しかし、1911(明治44)年に中国では清が滅んで元号が廃止されるなど、日本以外の国々ではだんだん使われなくなっていきます。 北朝鮮では391-1945年、韓国は536-1945年、日本から独立すると、元号を廃止しており、ベトナムでも970-1945年ベトナム民主共和国の成立で君主制が廃止されると、元号も廃止されています。 というわけで、日本は、645-現在まで元号を使用している世界でただ一つの国となっています。

 前号でも述べましたが、元号はさまざまな理由で変わっています。 特に興味深いのは、幕末フアンなら誰でも知っている第121代孝明天皇は、代始改元といわれる「弘化」元年(1846)に即位以来、1848年代始改元といわれる「嘉永」。 1854年京都御所の炎上、地震、異国船の来航などによる災異改元の「安政」。 1860年江戸城本丸の火災、桜田門外の変、外交がうまくいかないことなどによる災異改元の「万延」。1861年辛酉(かのととり)の年に起こるといわれている変動をおさえるための 革年改元の「文久」。1864年甲子(きのえね)の年に起こるといわれている変動をおさえるための革年改元の「元治」。1865年蛤御門の変や、国の内外で起こる危機をしりぞける ための災異改元の「慶応」など計6度の改元を行っています。

  後醍醐天皇も1318(文保2)年からおよそ20年の在位の間に、8度の改元を行っています。 代始(だいはじめ)改元に始まり、革年(かくねん)改元を2度、伝染病の流行や地震の発生、戦乱が起こったことによる災異(さいい)改元を4度行います。さらに、争 い事をしずめる「撥乱反正(はつらんはんせい)」のための改元も行っているなど、特に災異改元が多かった時代は、それだけ国が乱れていたということがよくわかります。

  明治時代からはひとりの天皇にひとつの元号(代始改元)がル-ル化され、現に至っています。そのほか長寿元号(1位昭和62年14日、2位明治44年7か月、3位応永34年10月) や元号に多く使われる漢字や元号の出典書などのランキングが記載され、色々と面白い内容が満載でしたが、長くなりますので、今回はこの辺りで紹介を終えることにします。 興味のある方は是非、図書館に行かれることをお薦めしたいと思います。

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