ザ・戊辰研マガジン

2019年1月号 vol.15

コーヒーブレイク「種々の小さな話」

2019年01月08日 19:09 by kohkawa3

その三十二 テニス肘

 ひと月ほど前、テーブルに置いてあったペットボトルのフタをつまんで持ち上げた。その時、右肘あたりに痛みを感じ、ペットボトルを床に落としてしまった。右腕の肘と手首の間で、肘に近い外側の筋肉に痛みが走ったのだ。
 それ以来、利き腕の右手で何かをつかむ動作をすると痛くて力が入らない。手のひらが上を向いていればどうということもないのだが、手のひらを下に向けて物をつかんだり、指を動かしたりするのが辛い。
 本をつかむ、瓶のフタを開ける、字を書く、パソコンのキーボードやマウスを使う、片手鍋を持つ、ホウキを持つなど日常生活に支障が生じた。
 しばらく様子をみたが、一向に改善しないので近所の整形外科を受診した。その結果、難しい病名は忘れたが、いわゆるテニス肘と診断された。
 テニスなど大昔に遊びでやった程度で、心当たりがなかった。患部を繰り返し使うことで疲労がたまり、その部分が老化に伴って炎症を起こしたらしい。指や手首によくある腱鞘炎と同じ症状らしく、様々な原因で発症するようだ。
 整形外科で肘に注射をしてもらい、湿布薬を貼っているうちに、徐々に痛みは引いてきた。完治するには時間がかかるらしく、油断して重いものを掴んでしまい、「うっ」と肘を押さえることがある。そんなわけで、毎日右肘のストレッチを行っている。
 それにしても原因は何なのだろう。
 昨年、暮れも押し詰まったある日、昔の仕事仲間数人と忘年会をやった。この頃は病気や健康法の話題ばかりである。
 肘が痛くて困った話をした。その時、テニス肘の原因を、現役時代のパソコンの使いすぎではないかと自分なりに分析した。仕事でキーボードやマウスを使う際に、肩こりや腕の痛みに悩まされていたのだ。
 すると、ある先輩が「あんた、そんなに仕事してねえだろう。」と即座に否定した。
 そうだったかなあ・・・。


その三十三 箱根駅伝の楽しみ

 正月休みも雑煮を食って酒を飲んでるうちに、あっという間に終わってしまったが、いつものように箱根駅伝をBGVにして、何をするでもない時間が流れていた。
 平成最後の箱根駅伝。今年もあの大学は箱根に出場しなかった。あの大学というのは平成国際大学である。
 20年近く前のことである。箱根駅伝初出場の平成国際大学は、初出場ながら2区で外人選手が8人抜きを演じて6位、4区で4位と好位置につけていた。
 たぶんその時のことだろう。アナウンサーが「平国大」頑張れ、「平国大」頑張れと連呼したのだった。
 酒を飲みながら、テレビを見るでもなくぼんやりしている耳に「ヘーコク」「ヘーコク」という声が飛び込んできた。持っている杯を落っことしそうになった。
 テレビの画面では平成国際大学の選手が大写しになっていた。それにしても「ヘーコクダイ」はないだろう。「平成国際」頑張れでいいじゃないか。下っ腹に入れていた力が抜けてしまう。
 その後、この事が話題にならなかったところをみると、「ヘーコクダイ」に違和感を覚えた人は少なかったのかもしれない。
 いつか平成国際大学が二度目の箱根を走る時、また「ヘーコク」の連呼が聞けるのかどうか、ひそかな楽しみなのである。


その三十四 山の正月

 20代の頃は山で年越しをすることが多かった。
 冬の北アルプスに初めて行ったのは19歳の学生の頃であった。45年も前のことである。メンバー4人のうちのリーダーは山が好きで営林署に勤めたという5歳上の先輩であった。その人は、その半年後にヒマラヤで死んで、さっさとあっちへ行ってしまった。
 我々は暮の30日朝、大糸線有明の駅にいた。ここから登山口のある中房温泉までタクシーを利用し、正月には燕岳から3000m級の尾根を縦走し、槍ヶ岳を目指し、3日には上高地へと抜ける予定であった。
 この年は雪が多く、タクシーが登山口まで入れず、一日がかりで雪の中を登山口まで歩いた。この日は中房温泉泊りとなった。公営の中房温泉には客もなく、町役場の担当のおじさんがこたつで一杯やっていた。
 勝手にやってくれということで、プールのような温泉に長々と浸かりあるいは泳ぎ、大樽の中でバリバリに凍った野沢菜漬けを取り出して酒を飲み、至福の時を過ごした。大樽で凍っていた野沢菜の味が忘れられない。
 翌日から始まった3000m級の尾根の縦走は、冬山初心者にとっては想像を超える過酷なものだった。
 とりわけ吹雪の中での排泄はつらいものがあった。夜、雪に埋もれた避難小屋からスコップ片手にヘッドランプを頼りにうろうろする。外は突風が足元から吹き上げ、降り固まった雪が砂粒のように吹き付ける。小屋からあまり離れると吹雪で小屋の位置がわからなくなる。雪庇を踏み抜く恐れもある。
 適当なところでスコップで穴を掘ろうとしてもコチンコチンで歯が立たない。仕方がないので、突風の中で背中から風を受けながら、尻をまくったのである。凍えるような風と砂粒のような氷が尻のあたりにピシピシと突き刺さる。手にはピッケルを握り、足には12本爪のアイゼンを付けている。さっさと用を済ませ足元を覗くと、自分の分身は跡形もなく消えていた。
 吹雪の尾根は睫毛が凍り、目がぼやける。鼻水が凍り息苦しいので、凍った鼻水をピッケルの先でほじくり出す。とにかく歩いていないと体が凍ってしまう。
 雪崩の巣のような急斜面を横切る時には、お互いを結んでいるザイルを外して一人づつ渡る。一人が雪崩に流されたら他のメンバーが助けに走る。
 緊張感のある正月だった。
 最終日、槍ヶ岳から上高地まで、槍沢の標高差900m余りをピッケルで体を支え靴底をスキーのように使うグリセードで一気に滑りおりた。上高地は凍えるような寒さだった。見上げると真っ青な空から針のようなダイヤモンドダストが降りそそいでいた。

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