ザ・戊辰研マガジン

2018年10月号 vol.12

桜宝寿のいろいろ感想、「勝と龍馬」

2018年10月03日 21:03 by moomin6001

貫禄が出てきた吉之助  

う~ん、どうも今年の大河ドラマは近年の幕末史研究の成果よりも、従来の旧態依然の幕末物語をひっぱるようです。ドラマはドラマとして、フィクションがあってよいですが、せっかく「龍馬伝」や「八重の桜」で積み上げてきたものを、また、元へ戻すんですかねぇ。作者は以前の大河ドラマを見ないものでしょうか、と恨み言も言いたくなります。幕末史はこの20年ほど、どんどん資料研究がされてきて(ありがたいことにそれだけ、幕末史も学問になったということでして)、扱う方も大変でしょうけど。さぁ、薩長同盟をどう描いてくれるか、楽しみではあります。  大坂で勝の寓居に吉之助が会いに来るのは史実ですが、勝の寓居は旅館ではなく、お寺です。龍馬は「神戸海軍操練所」とは直接関わりなく、勝の私塾である「海軍塾」の塾頭をしていました。勝家は幕臣になって、3代なので、徳川300年(正しくは260年ですが)と、嘆くこともないだろうと思います。それゆえに、あっさり、幕府を見限っているわけでして。徳川家への思い入れは家康の子孫である慶喜の方がそりゃあ、強いことでしょう。いろいろこれからありますが、とにもかくにも、慶喜は徳川家を残すことには成功します。

 今回、吉之助は禁門の変後の焼け跡から、ワンコを救っていました。吉之助の犬好きが満載のシーンでした。これから、たくさんのワンコが劇中に登場するのかなぁ。明治後は洋犬も飼っていたそうですし(絵が残っています)。薩摩藩も炊き出しをしたかもしれませんが、大規模に振舞い米を京の町に持っていったのはもちろん幕府側です。長州がはっきり幕府の敵になったので、大坂の長州藩の蔵屋敷を打ち壊し、中に備蓄されていた米を京へ運んだ水運業者の日記が残っています。  吉之助の強みの第一は、交渉力ですね。岩国での長州との交渉でそれがよく出ていました。落としどころを見極めて、相手をその気にさせる・・。なかなかできることではありあせん。長州の負傷兵の手当てをして、しっかりお土産も持参し、用意周到です。  今回が慶喜と吉之助との決別なのだそうですが、このドラマの慶喜、本当にお気の毒です。あっちからもこっちからも命を狙われ、脅され、ストレス満載で、「慶喜、将軍やめるってよ」になるわねぇ。  

吉之助と初めて会ったのは大坂だと、勝が書き残しています。西郷吉之助の名前は鹿児島で島津斉彬から聞かされていたようですが、その時、吉之助は江戸にいて、勝とは出会わずでした。元治元年時点で、勝の大坂での寓居の有力候補は北鍋屋町の専稱寺です(現、大阪市中央区淡路町3丁目交差点、南西角)。  銘板は旧AAホールの看板についていますが、水帳から東隣のビルが専稱寺跡であることが分かっています。 「龍馬伝」では、ほぼ半年近く、龍馬がこの寺に出入りしているシーンが描かれていました。近藤長次郎が、道一本南側の南鍋屋町の大和屋の娘、お徳と結婚し、息子が生まれてなんていう場面もありましたね。  今年は明治150年のキャンペーンで、大阪でもいろいろと幕末維新がクローズアップされていて、産経新聞と毎日新聞の大阪版にこの勝の寓居と龍馬らが学んだ海軍塾の話を取り上げていただきました。

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