ザ・戊辰研マガジン

2018年10月号 vol.12

【都内、幕末維新史跡・七】谷中霊園

2018年10月05日 00:24 by tange

 東京・日暮里の谷中霊園は、明治7年(1874)、政府によって天王寺(日蓮宗)の寺域の一部が没収され、東京府管轄の公共墓地として誕生した。同時に青山墓地も開設されているが、昭和10年(1935)に二つの墓地は霊園と改称された。いずれも現在、都立の施設として運営され、特定の宗教宗派にとらわれることなく多種多様の墓が造営されている。
 同じこの地の寛永寺谷中第二霊園には、最後の将軍、徳川慶喜(大正2年没)の神道様式の墓が在る。谷中霊園管理所から適切に設置された案内板に従って進むと容易に着ける。


 徳川慶喜の墓

 慶応4年(明治元、1868)5月、谷中は上野の山で敗れた彰義隊の逃走経路となった。霊園のはずれから現在の幅広いJR線路敷きを跨ぎ下るように、細い坂道が王子街道につづいていた。坂の名は芋坂。そこを通って生き残った彰義隊の隊士たちが北へ落ちて行った。谷中の地は、義を貫いて戦った人々の敗残の姿を目撃していたのだ。
 そしてまた、それぞれ立場を違えながらも幕末維新という歴史の舞台に登場した人たちが、この地に眠っている。先述の徳川慶喜を初めとして、大原重徳(おおはら しげとみ、公卿、明治12年没)、渋澤栄一(しぶさわ えいいち、実業家、昭和6年没)、伊達宗城(だて むねなり、宇和島藩主、明治25年没)、南摩羽峯(なんま うほう、旧会津藩士で国学者、明治42年没)などである。
 やはりここに墓が在る熊本(肥後)出身の野田豁通(のだ ひろみち)も、明治近代国家成立に尽力した一人であるが、一般にはあまり知られていない。

 彰義隊が戦った慶応4年5月、野田は箱館(現、函館)にいた。新政府軍北方総督・清水谷公考(しみずたに きんなる)の軍事参謀試補として五稜郭に入城する。当時、松前藩の支配する地を除いて蝦夷地のほぼ全域が幕府の直轄領であったため、そこに箱館奉行所がおかれていた。しかし、ほとんど軍事行動も無く、五稜郭は新政府軍の手に落ちた。この後、清水谷は初代箱館府知事(現、北海道知事)となり奉行所も廃止された。
 清水谷は公家の出身で、その屋敷は京都御所建礼門から蛤御門へ向かう中ほどに在った。清水谷家の一本の大きなムクノキが、歴史の証人であるかのように、今でもその辺りにそびえ立っている。
 同じ年(明治元年)10月、榎本武揚率いる旧幕府軍が蝦夷地に上陸進攻すると、野田は大いに慌てて清水谷知事を護衛し青森へ逃げ帰る。


五稜郭・箱館奉行所(平成22年復元)

 その後野田は、行政官に転じ、明治4年7月の廃藩置県によって発足した胆沢(いさわ)県、弘前県を経て、同年9月、新たに合併してできた青森県の初代大参事に就任する。しかし、青森での務めは短く、翌5年7月に職を辞し、同年11月に東京で軍務官僚の道を歩み始めている。陸軍の主計畑を歩き、その最高位である陸軍主計総監(将官)に親任される。さらに、日清戦争の功により男爵に叙せられている。

 行政官だった東北での野田は、一年余りの務めであったが、近代日本にとって重要な人材を発掘し育てている。胆沢県(旧、仙台伊達支藩、現、岩手県奥州市)の小参事であったとき、少年時代の後藤新平や斎藤実らの学びを育み、さらに中央へ出て修学に努めるよう説いた。後藤は、いくつかの国務大臣を歴任し、関東大震災直後に帝都復興院の総裁となっている。斎藤は、海軍へ進み大将となり、昭和の初め首相を務める。
 青森県大参事に就いた野田は、県下をくまなく視察し、特に斗南の惨状に驚愕する。直ちに中央へ救済を求めるが、薩長藩閥政府はこれを全く無視する。
 そうであればと彼は、飢餓に瀕した斗南の子供たちを自分の屋敷に住まわせ、仕事を与え、夜は勉学を指導し、斗南に帰らずに東京に出ることを勧めた。その中に、後に旧会津藩出身者で初めて陸軍大将となる柴五郎がいた。私の曾祖母・鈴木光子も、三箇月と短い期間であったが、屋敷内で小間使いとして働き、夜は柴らとともに野田の指導を受け勉学に励んでいた。
 野田は、発足したばかりの近代日本の将来は若き人々の双肩にかかっていることを、確かに承知していた行政官だった。さらに、故郷熊本で横井小楠に学んでいた彼は、尊皇の志とこの時代に珍しく人間は皆平等という意識を持った人物だった。


御仮屋(津軽藩陣屋・初代青森県庁・野田豁通屋敷)跡の碑
 
 大正2年1月6日、野田豁通は波瀾の生涯を閉じる。享年68。
 当初、谷中霊園内に造営された墓は、平成25年、同園内の他の位置に再生移転され、大きな自然石による墓石や斎藤実が寄進した石灯籠など今は無い。 

(鈴木 晋)



(次回は、大倉喜八郎と東京経済大学についてです)

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