ザ・戊辰研マガジン

2018年08月号 Vol.10

火の町・花の町・キュウリの町

2018年08月03日 22:35 by norippe

 須賀川市は福島県のほぼ中央に位置し、昔は宿場町として栄えた町でした。

 須賀川には、伊達政宗が幅三間の街道として整備して作った白河と会津に通じる交通の要路があります。そしてその道には勢至堂峠という難所がありました。今は立派な勢至堂トンネルが出来て簡単に峠を越すことが出来ますが、昔は苦労して歩いた道だったようです。戊辰戦争時も会津への要路として利用されました。


勢至堂峠に立つ会津領藩境石「是より会津藩領」と書かれています

 そして戊辰戦争での須賀川の町は、東軍・西軍それぞれ入り乱れての宿陣の場所としても利用されました。
戊辰戦争時には須賀川で大火がありました。その大火の様子は猪苗代湖の南にある福良からも確認することが出来たそうです。山岡日記には須賀川の大火について「慶応四年七月二十九日会津兵、須賀川に放火すとあります。また須賀川市史によると七月二十九日の夜、須賀川宿が仙台藩兵の放火により、町の三分の一が焼失したとの記載もあります。北町や八幡町など三百戸が焼かれたと云われています。また二十九日は須賀川宿のみならず、中宿分の守谷舘四軒が焼かれたと「矢吹文書」に記録されています。

 須賀川というところは、よく火災に見舞われるところでした。戦国時代、須賀川城に伊達正宗が攻め入り降伏を迫ったのです。これに怒った家臣や領民が、手に松明を灯して町の東にある十日山に集まり、決死の覚悟で城を守ることを決議して女城主の大乗院に進言したのです。大乗院は伊達正宗の叔母でありますが、伊達正宗の侵略に怒りをあらわにし戦いに挑んだのです。須賀川城の北側にある長禄寺に火が放たれ、その炎が町全体に飛び火して、須賀川城も燃え落ちてしまいました。この故事が祭りの元となって、日本の三大火祭りのひとつ「松明あかし」が460年もの間続いているのです。
 須賀川は円谷英二という特撮映画の巨匠が生まれた町ですが、ゴジラが火を噴くシーンというのは、須賀川の町が火に包まれた過去をイメージして考えられたものではないのかと思うのです。


松明あかし

 須賀川には東洋一の「牡丹園」や「大桑原(おおかんばら)つつじ園」などの花園があり、花の町としても有名な場所でもあります。私が小学校1年生の時の担任は、この牡丹園の園長の奥様で、容姿が越路吹雪に似た男まさりの先生でした。ちょっとでもおしゃべりをしていると、チョークや黒板消しが飛んで来ます。また弁当の箸を忘れたと言って、鉛筆2本で食べる姿をよく見かけました。まさに女が強い須賀川でありました。城主が女であった事がうなづけます。ウンウン
 小学校では写生大会にこの牡丹園を使うのが多く、画用紙と絵具を持って皆でゾロゾロ写生に出かけました。牡丹園なので、牡丹の花を写生するのが普通なのですが、何故か私は牡丹を描かず、まわりの松の木を描くのが多いのです。ひねくれ者ですね。でも花を描けという規則は無かったので文句を言われる筋合いはないのです。そして、描いた絵は校内に張り出され、私の絵にはいつも金の短冊が貼られていたのです。自慢話!(笑)


須賀川牡丹園

 また須賀川市はキュウリの生産が盛んで、岩瀬キュウリとして全国に知れ渡っています。
そして、夏には「きゅうり天王祭」というお祭りがあります。「きゅうり天王祭」は、毎年7月14日の夜に街の中央の南町に仮殿が設けられ賑やかに行なわれます。
このお祭りは、昔、この地方に悪い病気が流行した時、人びとは旭ヵ岡にある今の岩瀬神社(明治の初めに、牛頭天王から岩瀬神社と改称された)に祀られてある”牛頭天王”の祟りだとして、この地方で獲れるきゅうりを供えて祈ったところ、病気が治まったと一般に言われていることから、今でも二本供えてお詣りしたあと、お護符(お守り札)がわりに一本を受けて、それを食べると、その年は無病息災・家内安全などのご利益があるという珍しい祭りです。
 祭神は、石背の国17代国造 豊足彦だと伝えられています。 古記によると、生前の徳により、旭ヶ岡に祭られ岩瀬天王と称され、生前、広いきゅうり畑を有していたことから「きゅうり天王様」とも言われるようになりました。
 また、この地方ではこの祭りを境に、浴衣を着る風習があって、市内や近郷から新しい浴衣姿の家族ずれなどの参詣人がつめかけてごった返し、参道となる旧国道には、綿あめ・おもちゃ・金魚すくい・植木屋などの露店が並びます。
 この日供えられるきゅうりは5、6千本にもなると言われています。今の場所でお祭りをするようになったのは、約200年以上前の宝暦年間(1750年代)であると言われています。きゅうり天王のご神体は、木彫りの30cmほどの大きさで、むかし2丁目と3丁目の間にあった畑の中から堀り出した物だという話もあります。
 余談ですが、私の女房はキュウリが大好きです。スーパーに行くと必ずキュウリを買います。ですから、女房のことを「キュウリ夫人」と呼んでいます。


キュウリ天王祭風景

(記者:関根)

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