ザ・戊辰研マガジン

Vol.7

故郷の活性化に取り組んで I

2018年05月06日 21:51 by murakamidono

 故郷(村上市の農村地帯)の活性化を目的として、故郷の歴史、文化、出来事等をまとめている。特に目指しているのが外国人による観光である。これをインバウンド観光というが、その成長度合いが目覚ましい。農村地帯のインバウンド観光は、今のところほとんどないが、幸い、外資系観光会社が私の故郷に興味を示し、インバウンド観光が実現される見通しになってきた。「自分は故郷の人のために動いている」と思うと、生きがいを感じる。観光誘致となると、いろいろのことを知っておく必要がある。以下に、観光に関連して、常々思うことを書いた。話題を絞っていなく発散しているので、読者におかれては、このことをご承知おき願いたい。

1 草屋根職人  草屋根は首都圏にもある。先日、首都圏にある草屋根の管理者のような方と話した。その草屋根は昔の農家である。一回の修繕に「どのくらい費用がかかるか」を聞いたら、約2000万円とのことだった。20年に1回やるそう。カヤ代1000万円としても、いい仕事である。草屋根職人は欧米人に「観光」として受ける。農村では、戦後まで、「草屋根職人」は副業としてやった。現代の草屋根職人は、年に1軒~2軒の屋根をふき替えるだけで「♪ あとの はんとしゃ 寝て暮らす」ことができそう。これは「でかんしょ節」の一節。半年間は「外貨を稼ぐ方法を考案する期間」であり、「寝ている」わけではない。

「草屋根」を「かやぶき屋根」「くず屋根」と呼ぶこともある。 この職人になりたい読者がいたら、手を打つが、最初は女性の職人が面白そうだ。「日本に羽ばたき、面白いことをやる人」を歓迎する。

2 大学の生き残りには在郷の歴史文化の科目を  「戊辰戦争研究会」が「ザ・戊辰研・マガジン」を発行している。2018年3月7日に、第5号が発行された。そろそろ大学は厳しい時代に入る。近い将来、私立大学は窮地に陥る可能性がある。「日本の歴史文化」は、授業単位になるような気がする。 大学によって違うだろうが、マガジン5号まで、15コマになるような気がする。1科目・15コマで2単位になるだろう。日本人の悪い癖は「私は理工系です。だから、歴史文化は関係ない」と言う人がいる。米国には理系と文系の区別がない。  夏休みなどには、学生が農村にホームスティし、日本の歴史文化を学ぶ。その間、農村に寄与できるだろう。学生は入社面接で、「私のボランティア活動」ということで、自己PRできる。このようにすれば、その大学の授業は、全国で唯一となり国内外からの学生も集まると思う。冬休みを利用するのもよいだろう。雪国を見たい外国人が多い。雪景色は観光の目玉となるだろう。私は「村上在郷大学校」のような寺小屋を開校したいと思っている。

 

3  憩いの場  外国人の観光客を呼ぶため、「憩いの場」の構築を考えている。生家の近くに5万坪位の畑があるが、その半分はジャングルである。そこに「珍しい獣」も生息しているらしい。そのジャングルの中に生家の畑もあるので、昨年、カマで草を刈りて入ろうとしたが駄目だった。 ●キツネ伝説  今年は、ジャングルを生かして、観光客が喜ぶ「憩いの場」を構築したい。また、 村の伝説を参考として人をだますキツネの演技またはキツネ遊びを具現化したい。「人をだますキツネ」は、小学生にもできるが、「しぐさとふりつけ」は芸術的である。「キツネ遊び」は面白そう。「♪ 子ぎつね コン コン 山の中・・・」と音楽も聞こえてくる。私は、こうした伝説に基づいて、人をだますキツネの絵を数枚、描いた。 ● 「たちまい」  「たちまい」とは棟上げのとき、大工が屋根に上がって餅をまく行事である。これを実現するには大きいプロジェクトが必要であるが、まずは地元の大工さんに話す予定である。「たちまい」では、大きい丸い餅を隅に4つ撒く。下の方から「こっち、こっち」と聞こえる。「よっこらしょと、ドーン」と撒く。小さい餅もぱらぱらと沢山まく。生徒一人あたり約20個拾うだろう。幼児には、餅を拾うことができず、泣く子もいる。餅は、あらかじめ予備にとっておき、こういう子供にあげる。  こうしたことが観光客の目にとまると、観光客があふれる。できれば、「たちまい」は月に1回やりたい。1回に100人の観光客として、入場料1000円として、10万円の収益となる。

4 美味しい「コメ」と「ご飯」のたき方  戦後、美味しいコメを食べた。美味しいご飯はきらきら光りツヤがある。ご飯だけで美味しい。美味しいコメの作り方は:  1 田んぼに入れる水が冷たく新鮮なこと。 2 刈った稲はハサバで数日間干す。よく乾燥したら、米の入ったモミを取る。次に、米とモミ殻に分離する。戦後まで、モミ殻と米を分離するのに木製の「とうみ」を使用した。次に、玄米を精米し、俵に米を詰め、乾燥した茶の間の上の方(囲炉裏あり)に積んで保管する。できたてのコメは美味しい。最近は、稲を刈りて、その場で、モミにし、貯蔵保管する。カビが入らないように、保管室は温度湿度が調整されている。このやり方では、まずは美味しいコメは期待できない。  ごはんの味は炊き方による。電気釜では、まずは無理。炊くときは、薪の種類が大切で、木材では、まずはダメ。火加減は「はじめ ちょろちょろ なかぱっぱ 赤子ないても ふた取るな」。これは、多分、昔からの諺と思うが、木材では「なかぱっぱ」が不十分なのである。  おにぎりを作り、軽く塩を表面につけると美味しい。ただし、味は塩の製法による。おにぎりは大きいものがよい。大きいおにぎりは口を大きく開けなければならない。この時、唾液が沢山出る。サツマイモ、ジャガイモも同じ。特に、子供には、大きいのをかぶりつかせ、よだれをたらさせるのが良い。

5 チマキ、笹団子、桑の実 毎年、6月に帰省している。生家で、例年、次のことをやっている。

●チマキ・・・笹と、もち米が必要で、おやつになる。笹の葉2枚に、もち米を入れて煮ること40分。美味しい。腰にぶら下げると、桃太郎の気分になるが、桃太郎は「きびだんご」。

● 笹団子・・・1升のコメを粉にすると、74個の笹団子ができる。昨年、74個に「あんこ」を入れて作ったが、かなり疲れる。その半分にして も37個。これも結構大変。私の作った笹団子は、大きさが不ぞろいで、形も不ぞろい。まだ訓練が足りない。

●桑の実・・・桑の実がザクザクなっている桑の木を見つけた。昨年は、写真を撮ろうとして2日後に行ったら遅過ぎた。今年は成功したい。できればジュー スにしてゴクゴク飲んでみたい。しかし、猿もこの桑の実を見つけたよう だ。桑の実を摘んで思い出すのが、「♪ 小篭に摘んだは まぼろしか ー」という童謡。 6 祝言  戦後まで祝言があった。昭和50年ころから、結婚を結婚式場でやるようになった。結婚式場は、会社の人たちが上座(かみざ)に座る。祝言では本家が上座に座る。故郷には、400年たっても、本家と分家の関係がある。これは主従関係ではなく、「互いに助け合う」関係である。家制度は「家」の関係ではなく「人間関係」である。  祝言で面白いのは、A家からB家へ嫁ぐ場合、行列を作る。それを先導するのが「たるかつぎ」であるが、ヨタヨタと深酔いしたふりをして、歌を歌いながら先導する。 歌は「♪ 箱根ナー はいー 八里はー・・・ 大井川船頭よ・・・」という具合。ごちそうは「会津塗りの懐石膳」を使用する。お嫁さんの「角隠し」は明治時代にはなかったようだ。できれば、「むかし文化保存継承会」のようなものを結成して、祝言を具現化したい。

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