ザ・戊辰研マガジン

Vol.7

伏見稲荷大社

2018年04月26日 20:16 by tama1

幕末史や戊辰役史跡をめぐり、これまで幾度も訪れていた「伏見」ですが恥ずかしいことに、ここ「伏見稲荷大社」にはこれまで一度も訪れたことがありませんでした。 そんな折、あるTV番組で「外国人が選ぶ日本の人気観光地ランキング」の第一位が何と「伏見稲荷大社」ということを知り、これは一度は行っておかないと話にも何もなら ないと、神社仏閣歴は私の師匠格のばあばにお付き合いをお願いした次第なのですが、それには稲荷山山頂まで完登することが条件だと言うのです。一日一万歩の散歩を実践して いるばあばからみて、私は多分途中でギブアップするであろうとのことなのでしょう。 ”何を大袈裟な!”と高を括っていた私ですが、後に泣きをみるぐらい「しんどかった」し、よく登ってこれたもんだと思ったものでした。 それはともかく、初めての伏見稲荷大社の訪問はファンタスティックなものでした!

京阪伏見稲荷駅から大社を目指しましたがご覧の如く平日というのに大変な人混みに 驚きました。まるで初詣のようで、さすが「伏見大社」の人気は大したものですね! びっくり参道の両サイドにはお土産屋さんや露店などが賑わいをみせていました♪ 本殿の正面には写真で見慣れた大鳥居が天に向かって燦然と建っています。

ばあばに言わせると、伏見稲荷の一つ手前の「深草」で下車し、この大鳥居を潜って、 帰りに先程のお土産屋さんや露店をひやかしながら伏見稲荷駅に戻るのがベストチョイスなんだって・・・もう少し早く言ってくれよ~! 先ず、目に飛び込んでくるのが天正17年(1589)、豊臣秀吉が寄進したという「楼門」秀吉の母大政所の「病気平癒祈願が成就すれば一万石奉加する」と記した願文が伝え られてましたが、昭和48年に楼門の解体修理が行われた際に願文の年次と同じ天正17年の 墨書が発見されたことから伝承の正しかったことが証明されたそうです。

びっくり伏見稲荷大社には狛犬ならぬ狛狐(こまぎつね)が至る所に置かれています。

面白いことにこの狛狐さんたちは、稲穂・巻物・玉・鍵を咥えています。 稲荷とは「稲が成る」といういねなりが語源で、豊作を願う神様のことだそうです。 キツネは田んぼを荒らす虫やネズミを追い払うことからお稲荷さんの使いとなったと言われています。また、そのキツネが外国人に人気なのは、欧米人にとって子供の頃 からキツネが童話によく出てくることから非常に親しみを感じる動物なのだそうです。 更には、そのキツネが何か咥えていることに特に興味津々とのようです。スマイリー稲穂は豊作祈願、巻物は尊い教えを象徴、そして注目の2体!小さな球を咥えたキツ ネと鍵を咥えたキツネの2体は実は日本の夏の風物詩と深い関わりがあるといってます。 正解は花火で「玉屋」「鍵屋」に由来しているそうです。たまやあぁ~!かぎやあぁ~! 江戸時代鍵を咥えたキツネを見て花火職人が屋号を「鍵屋」に後に鍵屋から暖簾分けした花火職人の屋号を「玉屋」にしたと言われています。びっくり 「玉と鍵」は玉が稲荷大神の霊徳、鍵がその霊徳を身に付ける願望を象徴しているとHPには記載されていますが、TV番組で放映された上記内容のほうが楽しいですね

外拝殿から本殿へと順に参拝しました。 全国約3000社の稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社の社伝によると和銅4年(711)伊侶巨秦公(いろこのはたこう)が勅命を受け伊奈利山(稲荷山)の三つの峯の平ら な場所に稲荷大神(宇迦之御魂大神・大宮能売大神・佐田彦大神・田中大神・四大神)を祀ったことが起源と言われています。(伏見稲荷大社見どころ・豆知識参照) それでは、愈々今日の主目的である「稲荷山の山頂一の峯」に向かうことにします。 伏見稲荷といえば、やはり「千本鳥居」が一番有名でしょう。 奥社奉拝所を通過し「四ツ辻」から山上を目指す第一の関門が「千本鳥居」です。

聞くところによりますと、この千本鳥居の鳥居の数は千本もなく約900基弱ということらしいです。 約70mの長さの千本鳥居は現世から神の坐す幽界への関門として建てられたとも言われています。鳥居の奉納は江戸時代末期に始まり、近代以降に盛んに なったとも言われています。(伏見稲荷大社見どころ豆知識より)光が差し込み朱色と緑のコントラストが鳥居を鮮やかに演出していて見事ですが外国人 目線では均等に沢山の鳥居が続くっていうのが日本人の規則正しさを表わしていると 感じ、これぞ日本!!だと思うらしいですね! 更に外国人は鳥居の柱に書いてある漢字を撮っている人が多く、全て参拝者が奉納したものと知り、日本人の感謝する心に感動すると答えた人も多いとか。 日本人が忘れていたことを外国人によって思い知らされたような気がしますね。

千本鳥居を抜けた所に奥社奉拝所があり、その右奥に「おもかる石」があります。 おもかる石(石灯籠の空輪)を持ち上げ、予想より軽く感じると願いが叶い、重く感じると願いが叶わないと言われています。因みに私にはほんとうに重く感じられまし た。 夫婦円満、健康祈願を願いましたが・・・ちょっと困りましたね ( ´,_ゝ`) プッさて、愈々ここからが総計1万本という鳥居に入り、山頂の「一之峯」を目指します。 奥社奉拝所から熊鷹社に続く参道は霊峰と呼ばれる雰囲気を感じることができます。 熊鷹社から三つ辻を経由して「四つ辻」という中間点に到着。

ここまで何度も休み 休みして辿り着いたって感じです! 四つ辻から眼下を望む京都盆地は春霞がかかり暫し見惚れてしまいました。 四つ辻には俳優西村和彦さん実家の「仁志むら亭」といううどん屋さんがありました が本日はお休みのようでした。西村さんはこちらから毎日学校へ通っていたのでしょうか? この四つ辻から引き返す人も多くいるようでした。私はばあばに励まされ頑張ることにしました。 休憩をはさみ仁志むら亭の前を通り右回りにて三の峯(下社)→二の峯(中社)→一の峯(上社)を登りました。時間にして20分強ほどでしたが、私にとっ てはまさに胸突き八丁が続く思いでした。 御神蹟参拝図参照 稲荷山三の峯(下社)白菊大神 稲荷山山頂の上ノ社神蹟(末広大神)はやはり独特な雰囲気というか霊気を感じる場所で、参拝後は何ともいえない達成感を感じることが出来ました。

 

ばあばからも「よく頑張ったね!登れたね!」とお褒めの言葉を頂きました。 さて、ここからは下り坂になり、話に聞いていた「眼力社」を目指しました。なるほ ど下りですから時間的にも早く息切れもないのですが、今度は足のほうが辛いのです。 ひたすら転ばないように注意して歩きました。そうこうする中にあっという間に眼力社に着いたようです。 「眼力社」 文字通り眼の神様ですね!

もう5年目になりますが脳腫瘍の後遺症により左目のまばたきが出来ず、乾燥のためすぐに眼が痛くなり、視力もくっきりと見ることが叶わない状態が続いています。 検索によりますと、眼力社には2つのご利益があると言われています。 「眼の病気が治る」「先見の明・眼力を授かる」とあります。いいじゃないですかGOOD。 早速お詣りさせていただきました。 そして、こちらの変わった「きつね像」 前脚だけを地面につけた奇妙な格好をしています。 しかも口からは水を出していますが、何か特別にいわれがあるのでしょうか? こちらではご朱印もいただけましたので、登拝記念にお願いすることにしました。

この後、四つ辻を経過し別の道を取って裏参道に戻りました。 途中、NHK歴史ヒストリアで紹介された縁結びのきつね人形で馴染の荒木神社(口入神社)がありましたので立ち寄りました。

娘が未婚ならこの人形を買って帰るところなんですが・・・若いカップルには(いやいや最近は再婚も多い?) 楽しい場所でしょうね。ニコニコ そして、無事「お山めぐり一周」も終え、裏参道に戻ってきたときは昼の一時を過ぎており、お土産やさん内で摂った昼食は凄く美味しかったです。 スマイリー次に来れるかどうか自信はないのですが、もし再訪出来るならば、今度は早朝に来て、人の居ない「千本鳥居」の撮影や今回行けなかった神蹟などを廻ってみたい と思いました。ま、それには体力をつけておかないと・・・

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