ザ・戊辰研マガジン

Vol.6

戊辰研マガジン第6号表紙のお話です。

2018年04月01日 13:25 by norippe


「吹屋ふるさと村」を走る参勤交代の面々
 
 岡山県高梁市にある名所「備中吹屋ふるさと村」の町並みの一部をイラスト風に仕上げてみました。倉敷市を高梁川に沿って北上、途中、高梁川と成羽川の合流点を成羽川に沿って西に進み、更に成羽の街を北に15Km程行ったところに吹屋ふるさと村があります。
 画像左のベンガラ色の建物は、吹屋では最も古いとされる建物のひとつで、18世紀末のものとされています。玄関脇には「吹屋ふるさと村」の初代村長であった長尾隆氏の歌碑が置かれています。碑文は「さびれゆく街も 翁の願いに槌音高く 生きてかえりおり」と書かれています。そして、この家はなんと・・・
当マガジンの編集者であるminnycatさんの親戚の家だったのです。

 備中吹屋は江戸時代初期から銅山の町として栄え、特に江戸時代後期からはベンガラの生産で大きな富を蓄積し、吉備高原の山中の吹屋往来沿道には、ベンガラ窯元の商家が連なる独特の町並みを形成しました。赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と続く吹屋の町並み、この町並みこそ、江戸末期から明治にかけ、吹屋の長者達が後世に残した最大の文化遺産であります。豪商が財にあかせて建てた豪邸は、全国各地に見ることができます。
 しかし、吹屋の特異な点は、個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという当時としては驚くべき先進的な思想にあります。昭和49年には岡山県のふるさと村に認定され、昭和52年には文化庁から国の重要伝統的建造物群保存地区の認定を受けたのです。

 次に、背景の高い山の上に立つお城は、天空の城として名高い「備中松山城」です。このお城は同じ高梁市にありますが、実際は吹屋からこんなに大きく見える事はありません。雲海の中からひょっこり天守閣が現れるシーンはとても幻想的な風景ですね。


天空の城「備中松山城」


 「備中松山城」は備中松山藩の居城で、江戸時代末期、藩主である板倉勝静は久世・安藤政権の後を引き継いだ幕府の要職でした。戊辰戦争では朝敵とされ京都から函館まで転戦しましたが、藩士であり漢学者である山田方谷の英断により、藩主・板倉勝静は降伏を決断、備中松山城は戦火を交えることなく無血開城となりました。
 この備中松山城は、天守の現存では国内唯一の山城で、当時のままの姿でお城が残ったのも山田方谷のおかげであると言って過言ではありません。高梁市を走るJR伯備線に方谷駅という駅があります。ここは戊辰戦争後に山田方谷が塾を開いて余生を過ごした場所であったことから、駅名が「方谷」と名付けられています。


JR伯備線「方谷駅」


高梁市、歴史深い町として一度は訪れてみたい場所ですね。

(記者:関根)

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