ザ・戊辰研マガジン

Vol.6

若い人たちへ

2018年03月29日 20:09 by murakamidono

VI 「若い人たちへー伝説集」、 童話集等を書いています。  私は多くの故郷の人たちと交流し、おじさんやおばさんの生きてきた出来事を聞き、それらを纏めています。一人につき、写真数枚と2ページ程度で、20人いれば100ページとなります。写真やできたものは、おじいさんやおばさん達に送っています。「互いに利することをする」に努めています。 また、故郷にはいろいろの伝説があり、それらに関することもまとめています。これには、挿絵となる絵画が必要ですので、丁寧に描いています。 「蚕の日記」「食べもの」「野生の食べ物」「綿の花」「野生の植物」なども纏められそうです。 こんなことをしていると楽しく感じます。毎年、6月~9月上旬に帰省していますが、テレビ、パソコン、新聞はありません。世にある情報を遮断しています。 世には情報があふれています。多い情報に溺れないようにし、「これが自分」「これが自分が調べたもの」を持つとよいでしょう。 

VII 「若い人たちへー野イチゴを観光の目玉に」  昨年、あるところに「美味しそうな野イチゴ」が沢山実っていた。おどろいた。私は戦後、子供のころ、野イチゴをよく食べた。市販のいちごと違い、丸くて、多少小さい。両方の味の比較は難しい。これと同じようなものが、「市販のぶどう」と「山ぶどう」の味の違いである。好みは人によって違うだろう。ただ、「野イチゴ」も「山ぶどう」も、農薬は一切使用していない。市販のぶどうは、私も栽培したことがあるが、こびりつくほど」消毒をする。白っぽい液体を大量に吹き付けるのだ。市販のブドウをよく見ると、奥の方に、白っぽいものが付着している。これを数回やらないと虫がついて売り物にならない。 今年は「野イチゴを何とか観光の目玉にならないか」を検討したい。まず、株を分けて、1反(300坪)に植える。人がおるかどうかが問題だが。 観光客数であるが、1万人の可能性を目指したい。入場料を1000円程度とすると、収益が1000万円となる。雇用者数であるが、年間1人30万円の稼ぎとして30人分となる。副収入30万円は大きい。「実現の見込みは?」であるが、私は知らない。知らないことに挑戦するのが面白いが、本件の実現は「限りなくゼロに近い」。

VIII 「若い人たちへー故郷で落胆することあり」  故郷で、多くの人たちと話をしていて、落胆することがある。 「この集落は、いずれ無くなる」「この集落には100軒あるが、子供が数名しかいない」というような話を聞くと落胆する。 学校数が、現在、戦後の10分の1になろうとしている。特に東京オリンピック後、都会の産業界で、倒産ラッシュが急激におこる可能性がある。今のうちから、農村とコネを持つことは良いことだろう。「食べ物」があれば大丈夫。

IX 「若い人たちへー自然の美味しい「あけび」」   自然のアケビの味と形は気候と土壌による。一般に、とるのが難しいところに、美味しいアケビがみのる。近くに行くのが多少気持ちが悪く、登らなければならない。こういうところに美味しいアケビが実る。黒土で、土壌が木の葉っぱで、ふかふかしている所だ。関東ロームや奈良にも実るが、新潟の自然アケビと比べて味が劣り、私は食べない。 戦後の農村の子供は、腹をへらしていることが多かった。食べもなら、自分でとって食べた。こうして、美味しいアケビ、野イチゴ、桑の実が分かる。 現代人は、沢山の写真を出しているが、あれは、アケビの苗を買って、棚などを作り、人工的に栽培しているアケビのようだ。私は、あのようなアケビは食べる気がしない。 美味しいアケビは甘く、バナナの比ではないが、種がある。種は消化されずに出るが、何となく、健康に良いような気もする。 ところで、アケビは、萌え、実、実を包んでいる「かわ」も美味しい。新芽と「かわ」の料理法はいくつかあるが、多少ほろ苦くて美味しいものであるが、アケビの種類による。 アケビを探すのが大変な時代であるが、できたら、美味しいアケビを探索し、いろいろ写真をとる予定である。うまくいったら。写真をアップしたい。

IIX 「若い人たちへーソバ」  ソバは畑が肥沃でなくても栽培できる。茎は赤い。収穫したら、ムシロの上で干す。 その後、殻を取って、粉にする。 1 そば粉にした後、薄く平らに「のし」て、大きい包丁で、まっすぐに切る。結構時間がかかる。切るとき、小さな凸凹ができるが、これで味が良くなる。 2  小さい機械に押し込んで、ハンドルをぐるぐる回すと、直系5㎝位の出口から出る。出口は丸く、沢山の小さい穴があり、そこからそうめんのように出てくる。 1、2とも水を必要最小限にする。1は2より美味しいが、作るのに時間がかかる。 純粋のソバは「とつとつ」している。好き嫌いがあるが、小麦粉を多少混ぜると、いろが白くなり粘りが出る。 私は、大きいどんぶりに、そば粉を入れ、ガラガラ沸騰したお湯を入れながら、箸で即座に、かき混ぜる。箸で、つまんで、あらかじめ、皿にとった醤油につけて食べる。縄文人と変わりないような食べ方のようだが、私にとって、これが一番美味しい。ただし、人はこれをまねないように。アレルギーで、そばを食べて亡くなる人もいるらしいから、まねされたら困る。

IIIX  「若い人たちへー「夕顔に学ぶ」」  東京オリンピック後、日本の産業は大きく変わる可能性がある。人口激減の影響である。食べものが徐々に値上がりするだろう。参考まで、追加として、戦後の小学時代の、かんぴょうの作りかたを書く。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  夕顔には白い花が咲き、小さい夕顔は可愛い。 夕顔から、かんぴょうを作る。熟した夕顔を取ってきて、床の上に「よいこらしょ」と置くと、「どすん」と音がする。次に、夕顔にまたがり、頭と尻の方を、2㎝位の厚さに輪切る。頭の方には10㎝のツルがついているが、これは足の親指と二本目の指の間に挟むことができる。児童の遊びになる。 次に専用の皮むきで皮をむき、 長さ方向に、ほぼ、まんなかを切り、種を取る。次に、断面が1㎝x1cm 位になるように長さ方向に切る。四角く長いものの真ん中を長さ方向に切るが、最後の2㎝位は残す。縄などにかけられるようにするためだ。 日の当たる小川の近くに棒を2本立てて縄を張る。夕顔をザルに入れて、縄にかけ、天日で乾かす。乾かすこと数回やると、「からから」になり、かんぴょうができる。できたかんぴょうは金属缶に入れて保管する。 取り立ての夕顔は味噌汁に入れる。味はあまりないが美味しい。巻き寿司の真ん中にかんぴょうを入れて巻く。巻き方にコツがあり、みた目が美しく美味しそうに巻く。最後に、厚さ1㎝位に輪切り出来上がり。巻きずしの味は、コメの質と酢加減で決まる 戦後こうした手伝いをしたが、天日が大切。こうして、お金にもならない時代遅れのことを一人楽しんでいるわけですが、「物語」にまとめ、絵でも描こうかと思っている。

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