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ザ・戊辰研マガジン

Vol.6

会員のブログより、「静岡県三島市・防災講演会」

2018年04月05日 21:50 by date
2018年04月05日 21:50 by date

 今回紹介する研究会会員のブログは、東日本大震災のあった翌年2012年の6月9日に開催されました「三島集会」です。三島市は静岡県にありまして三島市役所の「三島市防災講演会」で研究会の主宰者・星亮一先生が講演されるということで、この講演会に相乗りして「三島集会」になりました。星亮一先生は前年に「東北は負けない」という書籍を発刊しており、星亮一先生の東北での取材には研究会の会員が同行しました。三島市にはちょうど研究会の会員の「山本八重」(ハンドルネーム)がお住まいで、三島集会の企画から史跡巡行から宴会の手配までやっていただきました。紹介するブログは「宴会日記」ですので当然ながら宴会が主になります。そこのところはご了承願います。

 6月9日(土)に私は朝早くから自宅を出て、新幹線に乗りました。 行先は静岡県三島市です、東海道新幹線・岡山行きに乗りました、この電車は途中の小田原や熱海を通過して三島まで直通です、約40分の新幹線の旅です。  快適な新幹線の旅ですが、私は必死に睡魔と闘っていました、というのも昨夜は江戸川区の支社の決起大会という飲み会があって、たらふく紹興酒を呑んじゃいました、ですから翌日は二日酔いではありませんが、眠くて眠くてたまらないのです。  車中で寝ちゃえばいいのでしょうが、新幹線の車中で寝ちゃったら三島の次は新静岡です。 新静岡から三島まで戻るのに、うーん1時間から2時間くらいはかかっちゃうでしょう。  当日は私の参加する「戊辰戦争研究会」の三島集会の日なんです、全国から集まってくる会員の手前遅刻は許されません。  一生懸命に睡魔と闘いながら集合時間の10時前に三島駅に着きました。 三島駅には研究会の会員以外に三島市役所の職員や市議会の議員さんたちが待っていてくれました。    当日、6月9日の午後2時から三島市民文化会館で「三島市防災講演会」がありまして、戊辰戦争研究会の主宰者・星 亮一先生の講演があるのです。  講演会の議題は、「東北は負けない~被災地を歩いて集めた生の声を聞く~」です。  講演では、まず三島市長さんの挨拶があり、続いて三島市議会議長や三島函南農協の組合長さんや三島市自治会連合会会長さんらが紹介され、同行した私達はびっくりしちゃいました。  まさに三島市総出の講演会です。 星 亮一先生の講演は1時間30分でしたが、出席者の約250名(推定)の人たちが先生の講演に聞き入っていました。  東北の被災地の現状と、会津藩の悲劇とをダブらせてのお話は大変迫力がありました、被災地を歩いて生の声を聞いてきた星先生ならではのお話でした。私も被災者の一人ですがすっかり聞き入ってしまいました。

 
 会場の三島市民会館の様子です、星亮一先生自身のパワーポイント操作によって講演はすすみました、パワーポイントのために会場の照明は落とされています、左は時に浮かぶ人が星亮一先生です。  さて、講演会の後は戊辰戦争研究会の宴会です。 今回の宴会会場は地元の会員の山本八重子さん(仮名)が選んで予約していただきました。  市内の割烹「花や」が会場です。

 
 割烹「花や」の宴会席です、まだお酒は並んでいません。  今回は、倉敷市、大阪市、岐阜県、横浜市、東京、私が埼玉で、合計12名が参加されました。

 
 やっとビールが並びました。 サッポロビールの瓶ビールが並びました、5本もです。 今回の参加者は男性が3名です、ですがまともに呑めるのは男性2名、女性1名だけです。

 ビールを一通り呑んだ私は日本酒に移ります、まずは冷酒を注文しました。 どんな銘柄が出てくるのか楽しみでしたが、出てきたのは「白鶴」の2合瓶です。静岡県でなぜ灘の酒なんだと突っ込みたくなりますが、そこはおおらかな私です。  まずは1本空けてから2本目を注文しました、2本目に出てきたのもやはり「白鶴」でした。(当たり前です)。  当夜は大変体調が良すぎました、冷酒を4合飲んでからお銚子を1本注文しました、今度は温燗です。 私はこれでおしまいにするつもりです。  なにしろ全国から会員が集まっていますし、久しぶりに会うもんですからレロレロになってはいけません。  皆で会津を称賛し、芋薩摩と下郎長州を糾弾してさらに斗南藩の悲劇に涙しました。  8時過ぎには宴会をお開きにして、みなでホタル観賞に行きました、当夜は1年に1度の三島市の「ホタル祭り」の当夜だったのです。三島市内の繁華街や住宅地を流れる川にホタルが乱舞するそうです、その様子を眺めながらホテルまでの帰路につきました。  三島市はほんとに水のきれいな街でした。このような街には酔っ払いは住めないなとつくずく思いました。

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