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研究会会員のブログから「剛丸先輩の宴会日記」

2017年11月05日 20:54 by date

 今回は8月26日(土)から27日(日)に行われた、戊辰戦争研究会の「白河集会に」に参加してまいりました。  
「白河集会」には戊辰戦争研究会のメンバーが、埼玉・岩手・福島から遠路はるばると集まりました。  
集会と銘打っていますが、実は「ふくしま城フェスタ」という福島県の行事で、福島県の「城」英語で言うと「シャットー」といいますが、県内各地のお城を巡るのです。  
白河市は「白河小峰城めぐりツァー」となりました、このツァーに戊辰戦争研究会が便乗して「白河集会」となったのです。

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写真は当日の受付風景です。しらかわ「小峰城」の芝生の中庭で受け付けが始まりました。総勢約80人くらい集まったようです。

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写真は城めぐりの風景です、ボランティアのガイドさんに案内され、小峰城の歴史を聞きます。  
   小峰城はなんと言っても先の戦争、戊辰戦争の東北緒戦となった城です。 この城は、当時空き城でしたが、会津隊が乗りこみ次いで仙台棚倉などの奥羽列藩同盟諸藩がこの地で戦いました。しかしなんといっても武器の差は顕著でした、侵略軍である薩摩・長州などは新式の武器を持っています、対する列藩同盟は火縄銃と槍、弓、刀で対抗します。  しかも守る列藩同盟の大将は、戦争経験のない西郷頼母です。 かつ、負が悪いことに地元民「大平八郎」という御所勤務経験のある男が侵略軍を手引きしたのです。  
   武器はない、大将は頼りない、裏切り者がいる、戦法が旧式・・、これでは仙台などの列藩同盟がどっと支援に来ても戦いにはなりません。  
守る列藩同盟側は千人以上もの戦死者を出しちゃいました。

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   写真は戦いの舞台となった白河「小峰城」の天守閣です、ここ天守閣にも登りました。
天守閣はとても狭く、天守閣の上は天国のようです。  午後は会場を「小峰城」から「コミネス」というホールに変えて講演会と演舞の披露でした。

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 写真の演舞は、二本松南小学校の児童による「二本松少年隊」です。
紫の袴はまるで「ももいろクローバーZ」の高城レナのようですが、高城レナよりずーと可愛く愛らしかったです、かつ凛としていました。
  このような少年隊がなぜ戦場に出なければいけなかったのか、それは薩長らの侵略軍が会津に侵攻するために選んだ場所が、猪苗代「母成峠」だったのです、その母成峠に向かうにはどうしても二本松を通らなければならないし、そうなれば二本松城(霞城)を攻めなければいけません、ところが二本松の正規の隊は、会津や三春に支援に行って二本松を留守にしていたのです、そこへ侵略軍が来たものですから、急遽少年たちが集められにわか「少年隊」となったわけです。
  少年隊と言っても「仮面舞踊会」を踊って歌ったりしません。  薩長を退治するために編成されたのです。  

どこまでいったっけ。

 そうそう「コミネス」というホールで演舞を披露したのです、披露後の拍手喝采はすばらしいものがありました。 いかに地元といえど、このような喝采はないでしょう。  
  二本松の次は会津です。 最初は「会津白虎隊」の演舞があり(写真なし)、そのあとに会津娘子隊の中野竹子の演舞です。  薙刀を華麗に操り、押し寄せる薩長の下郎侍や芋侍をばっさばっさと切り倒していくのですが、悲しいことに薩長の飛び道具(鉄砲)で一撃され倒されてしまいました。

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写真にあるように、凛とした薙刀捌きは見事です。 ここに会津の女性の強さと美しさを見ました。
   華麗に薙刀で舞っても、鉄砲の一撃に負けてしまいました。 倒れた後の中野竹子は、お印(首)を敵に渡すなということで、仲間が「ごめん」と言って首を切断します、しかし長い髪が刃をさえぎりなかなか切断できなかったようです。  
  会津女性の勇敢な姿です。  
  そんな「ふくしま城フェスタ」を終えて、私ら戊辰戦争研究会の参加者は、車に分乗して宿泊場所の温泉地に向かいます。  福島県の甲子山のふもと新甲子温泉です、甲子山は大河「阿武隈川」の源流になります。  その阿武隈川が流れる静かな山の中の温泉地です。

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 宿泊する旅館の入り口には歓迎の看板が立てられておりました。見えるでしょうか「戊辰戦争研究会ご一行様」と書いてあります。
当夜は旅館に宿泊しての宴会です。

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 当夜の宴会セットです。 乾杯は梅酒です、乾杯後は瓶ビールで大宴会になります。  
  私は久しぶりです、 旅館の宴会は安心して呑めるのです、何しろ終電車の心配は無用です、当然乗り越しの心配もありません、また翌日の出勤の心配もありません。  安心してグイッとお酒がすすみます。

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 今回のお酒は、研究会の会員の方から送られた「喜平」というお酒です。 このお酒は岡山県のお酒で、岡山県の会員の方が送ってくれました。私ら戊辰戦争研究会の定番になっちゃいました。  ですがお酒の持ち込みを旅館側に申告しておりませんので、微妙に隠して注いで廻るのです。  見つかっちゃいけないことと、こぼしちゃいけないこととが重なってスリル満点です、一層お酒がおいしくなっちゃいます。
   旅館のおいしい料理とおいしいお酒で大満足して、宴会は終了です。 1次会が終われば次は2次会です、実に戻り、敷いてある布団を寄せて会場作りです。  
   今度は日本酒で乾杯です。

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 写真は2次会の宴会セットです。 1次会で日本酒を呑んじゃったので、旅館側にお銚子を注文しました。  そのお銚子のお酒が2次会のお酒になります。  
  実は、2次会のお酒は私が持参すると以前から豪語していたのです、ところが新幹線「新白河駅」の売店では、目指す会津のお酒が無く、では白河市内で酒を選ぼうとしたら、酒屋自体が見つからなかったのです。
  ついには新甲子温泉に向かう途中の酒屋とか農協の売店とかスーパーで買おうとしたのですが、埼玉県と福島県の、それもこれから山奥の温泉地に向かおうとしている地では事情が違います。  
   こちらでは(福島県の奥)では、閉店時間が早いのです、夕方5時には閉まっちゃうようです。  そういう事情で私は日本酒が用意できなかったのです。    
   私の買えなかった日本酒がお銚子3本に変わっちゃいました。 楽しみしていた会津のお酒が買えず、私の面目丸つぶれです。  
そこで私は肝に銘じました、  「会津の酒なら何でもいいじゃないか、さっさと選んじゃえっ」  
  楽しい研究会の「白河集会」の一夜がこれで過ぎて行きます。

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